「最近、無水カレーにハマってるんだよね」
料理などとてもじゃないが縁遠いタイプの友人が、ここ最近自炊にハマっているのだそう。自炊といっても、無水カレーとサーロインステーキの二種類だけなのだが、それでも自宅のキッチンに立って調理をするのだから尊敬に値する。
しかも、この二点のメニューで体重を落としているというから驚きだ。たしかに、カレーとステーキならば太る要素はないので安心してがっつくことができる。おまけに、カレーの具材を調整することでかなりヘルシーになる上に、無水・・つまり水を使わずにトマト缶を代用することで、より濃厚で旨味が凝縮されたカレーとなるのだ。
友人は足立区に住んでいるが、食材を安く購入できることが自慢らしい。だからこそ、普通ならばサーロインステーキと聞くと「そんな高級な肉を毎日食べてるの?!」となるが、足立区のスーパーならば千円で入手できるため、中堅クラスの一人暮らしならば一日一枚食べられるわけだ。
しかし我らがシロガネーゼ御用達のスーパーでは、ステーキの値段が倍以上するため、毎日どころか一か月に一枚も食べることができない。それだけでなく、カレーの材料すらも足立区の倍は覚悟しなければならないため、自炊自体が自殺行為となるのである。
そんな現実をぼやいていたところ、友人が食材持参で無水カレーを作りにわが家を訪れてくれたのだ。
料理をしないことが自慢のガスコンロの上には、段ボールと書類が常に積み上げられている。そして調理器具は「ない」と言っているが、正確には「あるらしいが、どこにあるかは知らない」というわけで、結婚式の引き出物や友人からの貰い物の調理器具を、宝探しのように掘り出さなければならない——。
そんな困難を乗り越えて、深型フライパンと玉杓子(レードル)、そして包丁を発掘したわたしは、それらを友人に託すとリビングでネットフリックスを見始めた。
(カレーの匂いがつくと面倒だな・・)
しばらくすると、なんらかの野菜が煮える匂いが漂ってきた。もちろんいい匂いであり、腹は鳴り唾液が溢れてくるのだが、その前にソファーや衣服にそれらの匂いが付着することを恐れたわたしは、すぐさまベランダと玄関のドアを開放した。玄関はドアロック(U字ロック)を立てることでドアの隙間を確保し、エアコンをつけているにもかかわらずベランダも最大に開け放ったのだ。
いよいよカレーの匂いが嗅覚を刺激し始めた頃、キッチンの様子を確認しに行ったわたしは思わず目を見開いた。深型フライパンに、あふれんばかりの美味そうなカレーが沸々と煮立っていることよりも、その手前に飛び散った"カレーの弾痕"に釘付けになったのだ。
(あれを消し去るには、五徳を外してキッチンマジックリンを打ち込まなければならない。さらに、周囲にも飛び散っているであろう細かなカレー痕も同時に払拭しなければならない。となると大規模な清掃作業が必至であり、おちおちカレーを食べていられないじゃないか・・)
カレーが大好物のわたしは、目の前で美しく輝く大量のカレーにヨダレを垂らしながらも、未使用のピカピカキッチンへの現状回復作業に頭を悩ませていた。
——これだから、わが家で料理をするのは無理なのだ。そもそも、料理という作業自体が好きではないし興味もないが、それよりなによりその後の後片付けが耐えられないのである。
これはキッチンだけの話ではない。トイレや風呂場も、なるべくならば使用したくない。なぜなら、水道水というのは恐るべきチカラを秘めているからだ。
たとえば、鏡やガラスに付着した水滴を放置すれば、乾いた後にその形で跡が残る。さらに放置すれば、水道水に含まれるミネラル分がうろこ状にこびりついてしまい、それらを除去するのは至難の業。だったら、使わないほうがラクじゃないか・・というわけで、わたしは自宅の水回りを極力使用しないように生きてきたわけだ。
大好物のカレーの完成を待ちわびる反面、その後のキッチン大清掃を想像すると悶々とするため、手放しで喜べない自分がいるのであった。
*
そして今、以前よりもピカピカに光り輝くガスコンロとシンクが誕生したのである。
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