渋谷ではなく目黒・・いや、大崎がベスト

最高気温が20度だからか、それとも土曜日だからなのか、このニンゲンの数はいったい何事だ——。

最寄り駅である白金高輪の改札周辺に、普段とは桁違いのヒトが蠢（うごめ）いていた。

しかもなぜか、普段は見慣れない年齢層の人々が集まっているわけで、いったいどんなイベントが開催されるというのか。

まず一つは卒業式だろう。

大学の卒業式ではないため、袴やドレスの若者は見られないが、3月後半の土曜日の昼間に学生服で改札付近をうろつく理由といえば、卒業式に違いない。そしてよく見ると、正装の中年夫婦も確認できるため、生徒の保護者と思われる。

——結婚式にしては、地味すぎるからな。

それでは、あの高齢者軍団はなんだろう。総勢30名くらいの年配者が、パッと見で＂いい格好＂だと分かるような・・要するに、部屋着ではない衣服でたむろしているわけで、老人クラブの集まりにしては立派過ぎるし、卒業式に参加する保護者にしては微妙な違和感を覚えるし・・・まぁどうでもいいか。

それからわたしは目黒駅へ向かった。目黒は地下鉄・東急線とJR山手線とが地下でつながっており、乗り換えに便利な駅である。

それにしてもここは、白金高輪とは比べ物にならないほどの、恐ろしい人混みが待ち受けていた。先ほどと同じく学生の姿もあれば、アジア系の観光客が風変わりなファッションで闊歩していたりもする。

さらに耳をすませば中国語、韓国語・・そして日本語という順番で聞こえてくるではないか。ただ単に、集団の中国人が大声で会話をしているからかもしれないが、スマホ片手に日本人ばりに東京を満喫している姿は、日本人よりも輝いて見えるから恐ろしい。

こうして東急線から山手線に乗り換えたわたしは、いざ決戦の地・渋谷駅へと向かった。

無論、渋谷で戦うわけではないが、よりによって待ち合わせ場所が、魔窟たる渋谷駅というわけで、これは戦に向かう覚悟で降り立たなければやられてしまうだろう。

言わずもがな、この予感は的中した。

山手線のホームから西口改札まで、放っておいても勝手に流されていく人の波に身を委ねながら、意志などなくとも自動的に渋谷駅西口へとたどり着いたわたし。とりあえず、待ち合わせ時間まで仕事をするべくカフェを探すことにした。

しかし、滅多に訪れない渋谷の西口・・しかもセンター街や道玄坂方面ではなく、京王井の頭線乗り場よりも南側など、どんな店が軒を並べているのか知る由もない。しかもなん、だこの「渋谷中央街」という紛らわしいストリート名は。英語に直せばセンター街じゃないか——。

とりあえず渋谷中央街を進みながら、キョロキョロと辺りを見回した。仕事ができるような、つまりスタバやタリーズといったカフェの姿はどこにも見当たらない。あるのは焼肉店、居酒屋（開店前）、立ち飲みバーなど、ちょっと腰を下ろしてパソコンを開ける店とは正反対に位置するツワモノばかり。

（オイオイ、渋谷を訪れる輩は仕事しねぇのかよ・・・）

とその時、左手に見覚えのある看板が飛び込んで来た。それはPRONTO（プロント）だった。正確には「プロント・イル・バール」という、昼間はカフェで夜はバーに様変わりするシャレた店である。

そして今はバリバリの昼間なわけで、電源も確保できるこの店ならばコーヒーを飲みながら仕事に耽ることができるだろう。おまけに47席もあるならば、一席くらい空いているに決まっている——。

意気揚々と自動ドアをくぐると、わたしは店内を見渡した。まぁ想定内の大入り所帯だが、座席の配置も一人でフラッと入れるように設計されているため、さすがに一つくらいは・・・ナイ。空席が見当たらないどころか、47席がギッチリ埋まっているではないか。

・・・そりゃそうだ。プロントを後にしたわたしは渋谷中央街をウロウロしたが、どこまでいってもカフェは現れなかった。

その代わりに、真っ昼間から白い煙をモクモク吐き出し、美味そうな焼き鳥を焼く店に行き着くくらいで。

さらに、神の紋章でもある緑のマーク・・そう、スターバックスを発見したのはいいが、なんとToGo専用の店舗だった。おまけに、ビルの中に入っているタリーズにまで足を運んだにもかかわらず、入店前から待機する数人のカップルが目に入り撃沈。

（なぜ渋谷駅西口方面には、こんなにもカフェが少ないんだ・・・）

30分・・いや40分以上歩き回ったわたしは、もはやパソコンを開く気持ちは失せていた。この世に、そして渋谷という街に対する圧倒的な嫌気と慢性的な殺意に浸されていたからだ。

＊

駅で待ち合わせをするならば、渋谷ではなく二つ隣の「目黒駅」をオススメしたい。

そこからさらに二駅行くと「大崎駅」が登場するが、あの土日の閑散とした雰囲気ならば、互いを探すことなくホーム上で出会うことすら可能だろう。

絶対に、土日の渋谷駅で待ち合わせなどするべきではない。絶対に——。