ーーメロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。(太宰治「走れメロス」より)
ほぼこれに近い心境だ。少し内容を変えてみよう。
ーーウラベは激怒した。必ず、この得魚忘筌(とくぎょぼうせん)の癖を除かなければならぬと決意した。ウラベにはサイズがわからぬ。ウラベは、港区の住人である。米を食べ、コーヒーを飲んで暮らして来た。けれども蜘蛛に対しては、人一倍に敏感であった。
そう、わたしは激怒した。自分自身の記憶力の悪さに、大いに激怒した。
*
さかのぼること2年前。膝を痛めたわたしはザムストの膝サポーターを購入した。ザムスト愛用者の友人からアドバイスを受け、サイズはMを選択。理由は簡単だ。
「僕がM、小柄な男性でSを使ってる人もいる。よって、体が大きくない女性がLなわけないから」
理にかなっており、至極真っ当な意見だ。そして早速Mサイズのサポーターを購入したところ、ふくらはぎでちょうどいい大きさだった。それでも無理やり引っ張りあげて装着したところ、血行が悪くなったせいかかぶれて、湿疹ができた。
翌日、わりとガタイのいい友人男性がザムストのサポーターを使っていたので、サイズ感を試させてもらった。本人いわく「LL」とのことだが、ほぼピッタリ。
(おかしいな、この人とわたしとでは身長も体重もかなり違うはずだが)
ほぼピッタリのサポーターを見たガタイのいい友人は、信じられないとばかりに巻いていた帯で太もも周りを測りはじめた。
「うわ、ほんとだ!僕と同じだ!」
さらに衝撃の事実としては、友人のサポーターはLLではなく3Lだった。ここまでくるともはや全てがどうでもよくなってくる。
実際に試着ができる店舗へ向かい、店員に計測してもらう。
「膝上16センチの太さは、んー、53センチ。サイズは3Lですね」
やっぱり。さっきの友人の言葉に間違いはなかったのだ。
「でも3Lだと(サポーターが長すぎて)膝頭が隠れてしまうので、ワンサイズ下げてLLを頑張って履く感じですね。履きにくいときはこうやって…」
サポーターのたぐりかたを実演してくれる店員。実寸は3Lだがそれだとサポート機能に支障がでるから、無理矢理LLをたぐって履け、だと?
わたしは女だ。しかもわりと小柄な。
*
あれから2年。怪我は2週間で治る性質のため、膝を痛めたことなどすっかり記憶から抜け落ちていた。
そして最近、どうやら半月板を痛めた。無理をせず、サポーターを着けて練習した方がいいとのアドバイスを受け、早速、ザムストのサイトへアクセス。そしてサイズを選ぶ場面に。
(ん?なんだこの不穏な感覚は)
本能的になんとなく嫌な予感がした。157センチ中肉中背の女だから、サポーターのサイズはMか、いいところLだろう。とそこで、なんとなく過去の記憶がよみがえる。
(たしか、通常のサイズだときつかったんだよな。だから一つ上を選べばいいってことだよな)
そうだ、足がうっ血してかぶれたことを思い出す。つまり、MではなくLということだ。
念のため、まともな友人に確認をとる。過去にサイズの合わなかった膝サポーターを、彼にあげた経緯があるからだ。
「もらったサポーターはLで俺はピッタリだった。だからザムストもLでいいだろう」
メーカーによって多少の大きさの違いはあれど、まぁMかLかと言われれば、念のためサイズアップのLでいいだろうとの判断。真っ当だ。
そして翌日、Amazon便でザムストの膝サポーターが届いた。早速装着してみる。
(・・・あれ?膝頭が丸い穴から出ない)
サポーターの中央部分に丸い穴が開いており、そこから膝頭が出なければならないのだが、太もも方向へはもう上がらないため無理。グイグイ引っ張り上げるが、太ももがキュッと束ねられるだけで、もはや上にも下にも動かない。
わたしはパニックに陥りかけた。なぜだ?なぜLサイズで入らない?まさかレディースサイズとか?いや違う。ではなぜ??
必死にサポーターを引き上げ続けるうちに、涙があふれてきた。ーー前回と同じサポーターを買ったはずなのに、まさかサイズを間違えたのか。
悔し涙をぬぐいながら、全腕力でサポーターを剥ぎとる。固定のためのマジックテープも強引に引っ張ったため、やや伸びている。もう返品はできないだろう。
昨日相談をした友人へこの悪夢を報告する。
「マジで?!俺がピッタリなのに??膝まわり何センチよ?」
そう言われて初めてメジャーを取り出す。膝の少し上で50センチ。ザムスト指定の「膝上16センチ」における太もも周りは54センチ。
「俺より10センチもデカいのか・・・」
グイグイ引っ張ったため、返品もできない高額商品。一度も使用することなく無駄に捨てるのかーー。またもや涙があふれ出てきたとき、
「それ、俺が買い取ろうか?どうせもう一つ買おうかと思ってたところだし」
友人の申し出があった。きっと、自分が「Lでいい」と言ったことに責任を感じたのだろう。いい奴だ。
*
記憶力のいい友人女性がわたしに、
「SNSで上げてたじゃん!読み返してみなよ」
と教えてくれた。早速FBをたどると、確かにあった。その内容が、先ほど書いた2年前の出来事だ。
「結論:太もも辺りは3Lだけど、膝は普通の女性並みだから、一つ下げてLLを頑張って履くことで決着。」
という文章で締めくくられている。自分の記憶力の悪さと、なぜ事前にFBを確認しなかったのかという怠慢さに、怒りが込み上げてきた。
ウラベは激怒した。(中略)ウラベにはサイズがわからぬ。
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