騒音と無音、どちらが耐えがたい?

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老朽化してきた我がマンションは外壁リフォーム工事を行うこととなり、日曜日を除く連日、朝8時過ぎからとんでもない”破壊音”に見舞われるようになった。

中でも「タイル斫(はつ)り」作業」の威力は凄まじく、わたしの部屋から離れたところにある下層階での作業であっても、その音と振動は骨の髄まで響いてくるレベル。そのため、朝になりようやく就寝・・と思った矢先に、回避不可能な暴力的アラームにたたき起こされる日々が続いているのである。

(にしてもこの音、アレにそっくりだな・・)

とはいえ、ヒトというのは環境に慣れる生き物。いつしかその爆音に耳が馴染んだ頃、わたしはむしろ「ある種の懐かしさ」を覚えるようになった——そう、これはMRIを撮るときに鳴っているあの音だ!

 

ちょうど一か月前、頸椎の状態を確認するべくMRI装置に入ったわたしは、「逃げ場のない爆音に耐える」という試練を課された。断続的に発生する金属系の打撃音を、微動だにせず受け止め続けるのが患者の責務——なぜなら、少しでも動けば鮮明なMRI画像が手に入らないから。

そんな、極限状態における闘いに挑んだわたしは、耐えがたい騒音と腕の痺れをどうにか凌ぎ、無事生き残ることに成功したのである。

ちなみに、あの時と今回との違いは「タイル斫りの場合、破壊音はそこまで長くは続かない」ということだ。MRI撮影時は、同じ種類の爆音が同じテンポかつ同じ音量で数分から数十分続く。だが、タイル斫りは人間が作業していることもあり、断続的といえば断続的だがおよそやっていることがイメージできるため、こちらにとってMRIほどの恐怖は感じない。

 

このように、耳をふさごうが何をしようが避けることのできない破壊音とともに日中を過ごすこととなったわたしは、ふと”ある事実”を発見した。それは、「同じ環境音であるにもかかわらず、他人の部屋から聞こえる音楽や話し声は、なぜか耳につくしイライラする」ということだった。

 

夜になり工事が終わった頃、どこぞの部屋から洋楽と思しきダンスミュージックが聞こえてくる——あぁ、また始まったか。

ドゥンドゥンと一定のリズムを刻む重低音が、音を発しないわたしの部屋で異様に響く。ようやくあの騒音から解放されたというのに、音量は比べ物にならないほど小さいが、意識を削がれるレベルが半端ない。それが、他人の部屋から聞こえる生活音というもの——。

とはいえ、耳を澄まさなければ聞こえないほどの微かな音量であるにもかかわらず、タイル斫りの騒音よりもイライラするのはなぜだろう。おそらく、工事の作業音はその音自体に意味がないことと、「作業が終われば音も消える」という見通しが立つことから、無意識のうちに我慢ができる。だが、他人の部屋から聞こえる音楽や会話というのは、その音自体に意味があることと、いつ終わるのか分からない不安のような苛立ちが、本能的に不快感をもたらすのだろう。

(なんか、ちっちゃい人間だなわたしは・・)

 

しかしながら、静かすぎるというのもヒトにとって快適な環境とはならない。それを証明するのは、米マイクロソフト社にある「世界一静かな部屋」と呼ばれる無響室にて、一時間以上過ごせた者はいない・・という驚きの事実だろう。

同社が保有する「世界一静かな部屋」は、外部の音を完全に遮断するとともに室内の反響を生じさせないことで、理論上”完全な無音状態”を作り上げた。騒音レベル的には、人間の聴力の限界とされる0デシベルを下回る、マイナス20.3デシベルという意味不明な数値で、製品開発における雑音や音響の検査に使用されている。

 

この”無響室”に関するCNNの記事によると、「しばらくの間じっと立っていると、自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。耳鳴りの音が耳をつんざく。動けば骨がきしむ音を立てる。やがて平衡感覚がなくなる。反響音の一切ない環境が、空間認識能力を破壊するためだ。」と説明しており、無響室というのは拷問部屋になりうる過酷な環境といえる。

ということは、短時間でみると「騒音よりも無音のほうが、人体に与える影響は大きい」わけだ。無論、それが”継続する”となれば、いずれの場合においても心身へ悪影響を及ぼすだろうが、無音状態で一時間も耐えられないというのは、未経験者からすると驚きの事実。

・・たしかに、防音設備が施されているピアノのレンタルルームへ入ると、耳鳴りと共にある種の圧迫感を覚える。だが、あれとは比にならないほどの”マイナスの静寂”を想像すると——たしかに発狂しそうである。

 

 

とにもかくにも、都会で生活する者にとって、生活音や環境音といった騒音との付き合いは切っても切れない縁。よって、「静かすぎるより、多少うるさいほうがマシだ」と自身に言い聞かせ、まだしばらく続くであろうタイル斫りに伴う爆裂破壊音をBGMに、賑やかな日常を過ごそうと思う。

 

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