胡坐(あぐら)のオジサン

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八階建ての最上階にある我が家が不審者の襲撃をくらうとすれば、一階のエントランスを他人に紛れて突破し、その後エレベーターで八階まで上がって来て、正々堂々と玄関から侵入する以外に方法はない。

なぜなら、玄関とは真逆に位置するバルコニー側からの侵入を試みようにも、外壁は断崖絶壁ゆえにクライミングは不可。さらに、我らがオシャレマンションの代名詞である「打ちっ放しのコンクリート」により、凹凸のないツルツルの外壁が手足を引っかけるための物理的な溝を排除しているのだ。

・・いつだったか脱衣所の窓から階下を覗いたところ、ただただ灰色のコンクリートが地面まで続く光景に、「もしもここから脱走しても、100パーセント死ぬな」と、密かに死を覚悟した記憶がある。そのくらい、外壁を伝って逃げるあるいは侵入するという行為は、まず不可能なのである。

 

ちなみに余談だが、隣の部屋からの侵入パターンを分析したところ、2メートル近くある分厚いコンクリートで仕切られていることと、バルコニーの手すりが分厚い強化ガラスでできていることから、侵入の際に使用する道具を引っかける場所がないため、外壁側からは無理であることを確認した。

ただ一点、緊急時に「ここを突破してください」という小さなドアが設置してあり、これをぶち開ければ隣のバルコニーへと通じているのは事実。とはいえ、破壊時には相当デカい音がするだろうから、在宅していれば普通に気づくだろう。

 

そんなわけで、他人の侵入を警戒するならば玄関側からしかない。しかも、オートロックのエントランスを突破してわざわざ最上階までやって来る者がいるとすれば、それは確実にわたし個人を特定しての仕業。そうなったら、もはや自宅にいようが外出しようが常に危険と隣り合わせであり、いつ何時たりとも安心できないわけだ。

——という感じの防犯感覚で日常生活を送っているわたしに、まさかの出来事が起きた。しかしながら、まさかの現実が目の前で起きると、逆に冷静になるというか、さほど驚くことはないんだな・・ということも、同時に学んだのである。

 

おっと、その前にちょっと補足をしておこう。冷蔵庫が存在しない・・というか、ミニバーサイズの小型冷蔵庫しかない我が家において、冬場は「バルコニーが冷蔵庫」となる。そのため、もらいものの野菜や果物は段ボール箱のまま外に置かれ、必要なときに箱から取り出して齧(かじ)る・・という具合で利用されているのだ。

そして今日、ふとジャガイモとニンジンとリンゴを食べようと思ったわたしは、パーカーのフードを目深にかぶり、まだ眠い目をこすりながらベランダのドアを勢いよく開けた。

 

(・・・・・?!)

 

我が家のバルコニーの風景というのは、青果物が入った段ボール箱とハンモックの土台、そして工具と木材が転がっているのがデフォルト。だが今日は、なぜかバルコニーのど真ん中に、あぐらをかいたオジサンが座っているではないか!!

 

おっと、オジサン・・とは失礼な呼び方か。その男性の正体は、マンションの外壁工事に携わる作業員の方だった。補修作業のためにバルコニーへ立ち入っていたのだろうが、「誰もいるはずがない」と思って——いや、そんなことすら考えることなく無防備に開けたドアの先に、見ず知らずのオジサンがドーンと座っていたのだから、もはや驚きを通り越してシュールと言わざるを得ない。

しかもあちらからすれば、居住者がバルコニーを覗く可能性があることなど百も承知ゆえに、突然の”わたし登場”にも驚く様子など微塵も示さず、それがまた「???」を助長するシチュエーションとなった。

 

「・・あ、どうも」

「あ、どうも」

 

まぁ会話としてはこのくらいしかないだろう。そんな短い挨拶の後、無言でジャガイモとニンジンとリンゴを掴んだわたしは、静かに部屋の中へと引っ込んだ。

(そういえば、バルコニー側の鍵なんてかけたことないな・・)

——なんて、今さらどうでもいい防犯対策である。

 

 

タイル斫りの破壊音が凄まじすぎて、まさか我が家のバルコニーにヒトが侵入しているなど、思いもしなかったとある朝の出来事である。

 

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