未真夏(未だに真夏ではない)
うまく表現できないが、わたしの中ではまだ”真夏”というものが到来していない。季節は八月に入り、旧暦ならばもうすでに秋。しかも、連日35℃を超える猛暑日が続いているというのに、これが真夏でなくしてなんだという...
うまく表現できないが、わたしの中ではまだ”真夏”というものが到来していない。季節は八月に入り、旧暦ならばもうすでに秋。しかも、連日35℃を超える猛暑日が続いているというのに、これが真夏でなくしてなんだという...
ヒトが悩みを打ち明けるとき、近すぎる関係性だと話しづらいことがある。しかも深刻であればあるほど、ある意味専門性のある人物や頼もしさ、はたまた逞しさといった「本気で助けてもらいたい相手」を選ぶ傾向にある。 わ...
「なにかいいことあったの?いつもよりニコニコしてるから」 そう尋ねられたとき、「なるほど、他人からはそう見えるのか・・」と、本来ならば喜ぶべきところで逆に傷ついた記憶が蘇る。 その時わたしは、とてもじゃない...
実年齢からすると驚異的な体力と内臓力を有するわたしは、年齢でヒトを分けることに否定的である。やや屁理屈に近い理論になるが、たとえばスポーツをしていて「年だから体が動かないんだよね」という場合、それは年齢のせ...
どんなことでもやってみなければ分からない。やらない後悔よりも、やったことによる失敗・・すなわち「結果」を反省するべきだ——という”愚者の考え”を支持するわたしではあるが、時には「やらない選択」をすることも大...
(・・まるで大根おろしだな) みるみる削られていくわたしの心は、例えるならば「おろし金で削られる大根」のようだった。粗っぽいギザギザの突起が、みずみずしい繊維質の大根をゴリゴリとすりおろしていく——そんな感...
言葉というのは、便利なようで役に立たない時がある。 単に状況を説明するだけならば、語彙力が豊富であればクリアできるが、自分の思いや感情を同じ熱量で他人に伝えるには、言葉という単語を並べるだけでは伝わりきらな...
このブログにて”微妙なコラム”を投稿し続けたところ、今日で六年目を迎えた。日数にして1,827日、何があろうと一日も欠かすことなく書き続けたことに、我ながら驚きを隠せない反面、後悔に似た感情を抱いている。 ...
6月の第三日曜日は父の日——ということで、我が父へプレゼントを贈ったわたし。 「父の日」といえば黄色い花を贈るのが定番のようだが、目が見えない父に対して何色の花を贈ろうが感動は薄いわけで、どうせなら手で触れ...
突如、左手の親指と小指に出現した腫れと痛み。思い当たる節といえば、ブラジリアン柔術の練習中に痛めたか、それともピアノの練習をしすぎたせいか——。 それぞれの指は明らかに腫れあがり、握り込むような屈曲が困難な...
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