ヒトが持つ”引き付け合うチカラ”というのは、まさかの偶然を呼ぶことがある。
待ち合わせをしたわけでもないのに、申し合わせたかのようにその場に居合わせる偶然——しかも、見ず知らずの他人がたまたま通りがかっただけという、天文学的な確率で関係性がつながったりしたら、これはもはや声を出して驚くレベルの案件だろう。
そんな、小さな点と細い線がつながったのだから、人生というのは面白いものだ。
*
大阪から後輩がやって来たので、「ちょっと変わった”もてなし”でもしてやろう」と考えたわたしは、高輪ゲートウェイ駅に設置されたストリートピアノへと向かった。
なんせ、駅の外に出ることなくピアノを弾ける・・という貴重かつ珍しい環境であり、ちょうど山手線で移動途中だった我々にとっても好都合。さらに、今日はピアノのレッスンと重なったため、たまたま楽譜を持ち歩いていたのだ。
——好みのパンや菓子やをあげるのも悪くはないが、たまにはわたしにしかできないプレゼント・・っていうのも、オツなもんだろう。
高輪ゲートウェイ駅で下車する機会があるとしたら、十中八九ストリートピアノを弾く目的だ。そのくらい、駅周辺は開発工事の真っ最中で何もないのが特徴。そんな「地域性」を反映したかのような、閑散としたコンコースをウロウロしていると、遠くからかすかにピアノの音が——先客がすでに演奏を始めていた。
弾いているのはショパンのバラード1番。アップライトピアノで弾くにはストレスのかかる曲かもしれないが、最後までしっかりと暗譜しているあたりはさすが。しかも、シニア世代の女性が一人観客として聴き入っていた。
バラードが終わると、いよいよわたしの番——とはいえ、音楽シロートの後輩に聴かせるだけだから気楽である。唯一の問題点といえば、昨夜負傷した薬指(亜脱臼)と中指(靭帯損傷)の状態だった。
(・・まぁ、べつにいっか)
手始めに音階やアルペジオで指慣らしをしたところ、レベルは度外視で「弾けなくはない」という感触を得たわたし。そこで、続けてショパンのワルツを弾いてみたところ、先ほどから演奏を聴いていたシニア女性が控え目に話しかけてきたのだ。
「あの・・その指の怪我は大丈夫なんですか?」
たしかに、右手の薬指と中指は湿布とテーピングでグルグル巻きになっており、左手の小指もテーピングで固めてある。少なくともピアノを弾く指ではないよな——。
そこで、お決まりのセリフである「格闘技みたいなことをやっていて、それで怪我したんです」と答えたところ、「なんていう格闘技ですか?」と、まさかの食いつきを見せたのだ。
年の頃は、およそ60代後半か70代といったところ。体格は小柄かつ華奢で、若い頃は間違いなくモテたであろう整った顔立ちの美人である。そんな彼女が、まさかの格闘技の種類を尋ねてくるとは、あまりの意外性にわたしは後輩と顔を見合わせた。
そして「ブラジリアン柔術です」と、どうせそこで会話は終わるだろう・・という程度の熱量で答えたところ、まさかの続きがあったのだ。
「じつは、娘がとある手術をしたんですが、執刀医の先生がブラジリアン柔術をやっている・・って言ってたんですよ。格闘技の一種で、試合にも出てるっておっしゃってました」
それを聞いたわれわれ二人は、思わず「えーーっ!!」と声をあげた。ブラジリアン柔術で試合に出ている外科医・・となれば、ある程度絞られるはず。おまけに彼女はドクターの年齢も覚えていたため、帯の色さえ分かればたどり着ける——。
だが、白帯や青帯だと人数が多いので探し出すのは困難。せめて黒帯ならば、柔術界に在籍した年数も長いので分かるかもしれないが、さすがに帯の色までは把握していなかった。
「この感じでは、ネット検索したところで見つからないだろう」と、半ばあきらめ気味にドクターの名前を入力したところ——まさかのヒットがあったのだ。しかも、な、な、なんと黒帯ではないか!!!
残念ながらわたしの知らない人だったが、紛れもなく「ブラジリアン柔術・黒帯」という、まさかの共通点があぶり出されたことには驚いた。さらに彼女が、
「その先生も、ちょっと変わったヒトだったわ」
とボソッと呟いたのを聞き逃さなかったわたしは、「要するに、わたしも変わってる・・と思われてるんだな」ということを暗に理解したりと、まだ見ぬ”先生”に親近感を抱くのであった。
*
わたしの名前を何度も確認した彼女は、いずれ、娘さんの主治医である黒帯のドクターに尋ねることだろう。
無論、先方もわたしのことなど知らないかもしれないが、それでも辿っていけばどこかに接点があるのは明白——というか、友人が代表を務める道場にかつて在籍していたことまでは調べがついているわけで、繋がろうと思えばいつでも手が届きそうなところにいるのだ。
あの時間帯に高輪ゲートウェイ駅のストリートピアノを弾いていなければ、あの女性と会うことは無かった。さらに、わたしが指を怪我していなければ、女性からの質問も無かったはず。そして、わたしがブラジリアン柔術をやっていなければ、あの女性とわたしはただの通行人と演奏者の関係で終わっていただろう——。
そう考えると、複合的かつニッチな偶然が重なりまくった結果の、奇跡的な引き付け合いが招いた一瞬だったのだ・・と、感慨深い気持ちになるのであった。
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