ーーこのカメラを盗もう
一眼レフカメラに詳しいわけではないが、間違いなく高価な物だろう。
たしか、レンズだけでもン百万円するものもある、と聞いたことがある。
このレンズはさほど長くないが、デルモンテやハインツのトマトソース缶くらいはある。
ーー質屋に売り飛ばせば、まぁまぁな金額になるはずだ
相場は不明だが、まだ新しそうなので7掛けくらいで買い取ってもらえるのではないか。
勝手な想像を膨らませつつ、カメラをまじまじと見つめる。
私はいま、新年初の柔術の練習に来ている。
しかも自分の道場ではなく出稽古先にいる。
そこの更衣室に入った途端、この眩しい逸品に目が留まったのだ。
誰かの一眼レフカメラは、高価であることを知らしめるが如く黒光りし、圧倒的な存在感を放つ。
鑑識力に優れる私は、紛い物(まがいもの)をつかまされることはない。
つまり今日のカメラも間違いなく高く売れるはずだ。
問題は、ポケットに収まるほど小さくはないカメラを、どうやって更衣室から運び出すか。
よりによって今日、手ぶらで練習に訪れてしまった私。
古くから使われるオーソドックスな方法である「腹に隠す」「上着の内側に隠す」などでは、あからさまなモッコリ感が出るだろう。
では、あたかも「私カメラやってます!」と言わんばかりに、首から下げて出て行けばバレないだろうか。
しかし出稽古代まで払った私が着替えもせずに帰るなど、どうみても怪しすぎる。
かつ、持ち主が着替えの際にカメラが消えていることに気付けば、百パーセント私が疑われる。
ということは、私が趣味でカメラをやっていて、
「今日は皆さんを撮影しますよ!」
というテイで写真を撮りまくればどうか。
キヤノンの一眼レフなど巷に溢れている。
種類は違えどウチの母親も持っていた。
よって、これはありふれたキヤノンのカメラで、たまたま同じカメラを持つ二人が新年早々の練習で一緒になった。
そして哀れにも、片方のカメラは忽然と消えてしまった、という設定でいけるのではないか。
ましてや私がこのカメラを使いこなしていれば、誰も私を疑うことはないだろう。
ーーよし、この作戦でいこう
素早く道着に着替えると、カメラを首に掛けて更衣室を出た。
新年早々、20人ほどのメンバーがスパーリングに没頭している。
カメラを提げた私を不審に思う者はいない。
「久しぶりじゃん!」
「朝起きれたんだねー」
他愛もない会話を交わす。
(ところで電源どれだ?)
一眼レフなど扱ったことのない私は、カメラの電源スイッチがどこにあるのか分からない。
上下左右、舐め回すようにカメラを見ると、「ON/OFF」と分かりやすく書かれたスイッチを発見。
冷静に「ON」にする。
ここからは誰をどのように撮影しようがどうだっていい。
画像を見せることもなければ、誰かに渡すこともない。
ただひたすら、「自分のカメラ」で撮り続ければいいだけ。
私もちょくちょくスパーリングに参加し、休んでいる間は撮影をする。
この繰り返しで1時間が過ぎた。
(そろそろ帰ろうかな)
早いところ質屋で換金したい私は、カメラを片手に更衣室へ戻ろうとした。
そのときーー
カシャッ、カシャッ
シャッターを押していないのに、勝手にシャッターが切れる。
何ごとかと焦った私は周囲を見渡す。
すると、わら人形に五寸釘を打つかのような形相で、スマホのボタンを連打する女の姿が。
なんと、スマホとカメラを連動させたリモート撮影機能により、ものすごい勢いでシャッターを切り続けているではないか。
「それ、私のカメラだよね?」
今のご時世、誰かの物を盗むのはハイリスクすぎる。
こんなリモート機能で「自分の物」であることを示されてしまうのだから。
「か、カメラ触ってみたかったんだよね、勝手にいじってごめん」
まさか「質屋に売り飛ばそうとしました」とは言えず、平身低頭ひたすら謝る私。
もう二度と、ここへ出稽古に来ることはないだろう。
*
当然、すべて架空の話だ。
他人の所有物を「欲しい」と思ったことはあっても、「盗もう」と思ったことはない。
残念ながら窃盗犯になりきることはできなかったが、
「盗むとしたらどうやって盗むだろう」
と2秒くらい考えたあげく、出てきた答えがコレだった。
つまり、私が物を盗んだら確実にバレるということだ。
Illustrated by 希鳳
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