土下座の功罪

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人生で土下座をした経験がある人は、どのくらいいるだろうか。私は一度だけある。しかも池袋駅のホームという、大都会の公衆の面前で

 

だが案ずるなかれ。土下座しろと言われてしたわけではない。自ら率先して地面に跪き、大袈裟に項垂れながら謝罪してやったのだ。

その結果、悪者は私ではなく相手になってしまうから恐ろしい。つまり土下座は、率先してやるに限るということだ。

 

 

美容師の友人の話。彼がまだ20代前半の頃、クレーマー気質の客を引き当てたことがある。

 

客というのは勝手なもので、プロの目から見て「無理」ということでも、「そこをなんとかするのがプロでしょ!」と切り捨てる身勝手さを持つ。

さらに偶然か必然か、美容師という職に就く私の友人は全員、クレーマーに絡まれた過去がある。もしかすると全国の美容師がそうなのかもしれないが、特にヘアスタイルというのは客の主観が反映されやすいため、自分が気に入らなければクレームに直結する傾向にあるのかもしれない。

 

話を戻そう。そんな若かりし友人が担当した客は、ストレートパーマの予約を入れてきた。しかし、カウンセリングの時点で友人は、

「髪の毛のダメージがひどいので、ストレートパーマはオススメできません」

と、ハッキリ断った。仮にその状態でストパーをかけたとしても、さらに髪の毛を傷めつけることになり、バッサバサになることが目に見えていたからだ。

 

客の髪をいたわるべく、代替案を出すも聞く耳持たず。さらに客いわく、

「この後の予定もあるし、わざわざ予約を入れて来たのに、ストレートパーマをかけずに帰ることなどできない」

と、断固拒否。その勢いに押された友人は、無謀にもストパーの施術を行った。

 

帰り際、

「ボリュームが抑えられてよかったわ」

と、満足げな表情で店を後にした客。だがその数日後、予想だにしない、いや、予想通りのしっぺ返しが待っていた。

 

「こんな風になるとは思わなかった」

 

美容室に現れた客は、ひどく傷んだ己の髪の毛を触りながらそう告げた。だが友人にしてみると、毛髪の状態は「想定内」だった。

仮に、傷みに耐えきれず再来店したとしても、毛先をカットすることでどうにか整えることができると考えていたのだ。

 

そこでカットの提案をするも、客は烈火のごとく激怒し、謝罪と返金を要求してきた。そのとき美容室には予約待ちの客もいたため、なんとも騒然とした空気に包まれたが、ストパーで毛髪を台無しにされた(と思い込んでいる)客の怒りは収まらない。

 

「土下座しなさいよ!」

 

もはや何者も彼女を止めることはできない。友人は地べたに膝まづくと、おでこをこすりつけながら謝罪をした。

 

カウンセリングの時点で「ストパーは無理」と説明をしたのに、「それでもいいから」と、強く押し切ったのは客のほう。

さらに話を聞いていると、どうやらそれまでのサロン遍歴が酷い。安価な店ばかりを転々としていたため、使用する薬剤の質が悪く、より一層髪の毛にダメージを与えていたのだ。

 

殊に美容に関しては、客というのは女神にも鬼にもなる。美容師を含む施術者から「事前にあれほど説明したのに…」という、泣きのセリフが聞こえる第一位は、美容系サロンではなかろうか。

 

そういえば、別の美容師の友人も土下座させられたことがあると言っていた。となると美容師という職業は、土下座のリスクがつきものなのかもしれない。

 

 

それから一年後。なんと、その客が再び友人の美容室を訪れた。今度は何事かと身構える友人に対して、

「よく考えたらあなたはちゃんとやってくれた。あの時は頭に血が上っていて、申し訳ないことをしたわ」

と、謝罪の言葉を述べたのだ。

 

つまりその客は、友人に土下座させたことを一年間悔やみ続けたのだ。自分の気持ちがおさまらないからと、客という立場を利用して土下座させたことで、自分自身が苦しむ一年間となったのだ。

 

どうやら土下座は、命令したほうが罪悪感に苛まれる傾向にある

ちなみに私は率先して土下座をする派なので、羞恥心も罪悪感も一切ない。むしろ相手に罪の意識を植え付ける、ちょうどいい手段だと考えている。

 

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