私が住むマンションの掲示板に、居住者からのクレームが貼られている。どこの集合住宅も同じだろうが、居住者同士で解決するよりもマンションの管理会社へ通報することで、お互いが顔を合わせることなく解決へとつなぐことができる。
そして管理会社は、どんなにくだらないクレームだとしても、建前上きちんと対応しなければならないため、寄せられたクレームをこうして掲示するのだ。
過去に私も苦情を訴えたことがある。ちょうど今ごろになると、ベランダのドアを全開にして網戸で生活する季節が訪れる。気温もほどよく天然の風が気持ちいい時期だが、それと同時に近隣住人の音やニオイも流れ込んでくるというオマケ付き。中でも許せなかったのが、ベランダでの喫煙による副流煙の流入だ。
タバコが吸いたいのならば室内で吸ってもらいたい。他人の自由を奪うような行為は慎んでもらいたい。――というようなことを伝えた翌日、掲示板にデカデカと、
「ベランダでの喫煙は禁止されています」
と貼られていた。するとその後、副流煙攻撃はパタリと止み、快適な網戸生活を手に入れることができた。
そして昨日、またもや新たなクレームが貼られていた。まったく、ここの住人のクレーム好きには呆れてしまう。ちなみに今回の内容は、
「朝7時に大音量で音楽が流れて迷惑している」
という内容だった。少なくとも朝の7時は眠りについて間もない時刻ゆえ、私である可能性はゼロだ。しかし、朝から大音量で音楽を流しているということは、その人は出勤前の景気付けか何かでそうしているのだろう。
布団から飛び出て、身支度を整え、混み合った地下鉄に押し込まれて、行きたくもない会社へ向かうことを考えれば、朝からテンションは下がる一方。そこで少しでも気分を上げるためにも、お気に入りの音楽を大音量でかけていたのだろう。
しかしこの「大音量」という尺度には感じ方の違いがある。たとえば私など、自宅で音楽を聴くこともテレビをつけることもほぼないため、室内は常にシーンとしている。作業中に音楽を流すことはあるが、カフェミュージックのような緩やかなジャズのため、部屋から漏れ聞こえたとしても不快な気持ちにはならないだろう。
逆に話し声や笑い声、アダルト動画などが聞こえてくると、それが大音量ではなくても意識してしまうもの。さらに自分の部屋が静かであればあるほど、他人の物音に聞き耳を立ててしまうのが人間というもの。
あまりに非常識な騒音は問題だが、静寂がある程度維持されているマンションにおいては、いっそのこと自宅でも音を出してみると気がまぎれるかもしれない。
ちなみに私は、音楽や動画を見るときはイヤフォンで聴いている。自宅にいるときくらいスピーカーで開放的に堪能したいものだが、間接的とはいえ他人と共に暮らしているわけで、楽しみを奪われるくらいならば多少の窮屈は我慢しようという考えに基づく。
そのため、宅配便の配達員がドアフォンを鳴らしたことにも気づかず、自宅に居ながらにして持ち帰られてしまったこともあるのだが。
そんな「朝7時の音楽」について、友人に話したところ、
「それってアラームだよね?大音量でかけなかったら寝坊しちゃうじゃん。もしも会社に遅れたら、どうしてくれるの?」
という、まさかの意見が返ってきた。たしかに私もアーティストの音楽をアラーム音として設定している。本気で起きなければならない時は、スマホに搭載されている不吉なアラームを発動させるが、通常のアラームは好きな音楽で快適な目覚めを演出している。
(なるほど。朝7時の大音量の音楽の正体は、アラームだったのか)
アラーム主がアラームを止めるまで、音楽は延々と流れ続ける。私もよくやることだし、なんなら今日もそうだった。同じ曲が4回ほど大音量で流れた時点で、しぶしぶ「ストップ」を押して起き上がるわけだが、今回のクレーム主はその音楽がよっぽど気に入らなかったのだろう。
とどのつまりは、クラシックならば百歩譲って許せたかもしれない。だが仮に、嫌いなアーティストの曲がエンドレスに流れる地獄を想像すると、許せない気持ちで一杯になる。もはや嫌いな歌手ではなくても、たとえば演歌や童謡が大音量で流れてきたら、朝から調子が狂うこと間違いなし。
――それは確かにクレーム案件だ。
何をどうしようが他人の沸点がどこにあるのかは分からない。自分がどんなに気を付けていても、相手にとったらそうでもない場合もあるわけで。
結論からすると、一人暮らしで他人の物音が気になる繊細な人間は、誰かと共同生活を送るか、あるいは一人を貫いて一軒家に住むべきだろう。
サムネイル by 希鳳
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