芝本幸司という、超二流選手の話

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トライフォース柔術アカデミーには、芝本幸司という柔術家がいる。偶然にも私は、トライフォース柔術アカデミーの溜池山王というチームに所属しており、芝本が護る新宿へも出稽古という形で足を踏み入れることができる。

 

トライフォース新宿には、芝本をかたどったサイボーグの置き物が飾られている。誰がどんな意図で作製したのかは知らないが、芝本という男は人間ではない、ということを示しているのだろう。

そんなサイボーグが先日、柔術における国内最高峰「全日本柔術選手権」で10回目の優勝を果たした。しかも黒帯部門というトップオブトップの10回優勝は、過去に例を見ないどころか、周囲から顰蹙(ひんしゅく)を買うほどの強さ。

どんな競技においても、全日本選手権というものは一目置かれる存在で、その競技における日本一を決める重要な試合である。一度優勝するだけでもとんでもないことだが、それを10回も優勝するとは、まさに人間離れしているのだ。

 

そして本日、芝本の10回目の優勝を祝うセレモニーが開かれた。

 

 

芝本の師匠である早川氏の挨拶に始まり、本人のスピーチに移る。大学時代、柔道の超強豪校である東海大学へ進み、オリンピック級の選手たちとともに練習に明け暮れた過去がある。――そんなサクセスストーリーを期待した私の予想を覆し、芝本は泣きながら懺悔した。

「大学時代、僕は練習をサボりました」

まぁこの言葉だけを聞けば「とんでもないろくでなしだ!」となりかねないが、この話には裏がある。真相が知りたい人は、トライフォース新宿で直接本人に尋ねてもらいたい。

 

かつて私が個人的に芝本と話をした中で、印象に残る会話がある。それは、芝本自身は己を「凡人」だと語っていたことだ。傍から見れば他の追随を許さない、圧倒的な強さを誇る超一流選手なのだが、本人にとっては思うところがある様子。

「俺より強い選手はたくさんいた。でもなぜか途中で柔術をやめていく。そして俺は黒帯になって12年、週7日練習をしてきた。多い日は一日3部練までして」

強い選手に限ってキチンと練習をするものなのだ。だがその次の言葉に、私は胸をえぐられた。

「それでこの程度だからね、才能なんてないんだよ。だから俺は、超二流というのがふさわしいんじゃないかな」

ほとんどの人間が凡人である中で、芝本ほど練習をする選手がいないからこそ、彼は頂点に立てたのだと考えている。

 

よく「練習を続けられることこそが才能」という言葉を耳にするが、才能とかセンスとか、ないものねだりに近い表現を使うことで、誰もが保身を図っているだけではなかろうか。

芝本は与えられた時間と環境を使い、トライフォースのカリキュラムを叩きこんだ上で、ハヤカワイズム踏襲の果てにシバモトイズムを確立した。これはきっと、超一流の天才には触れることのできない世界観なのかもしれない。

 

彼は正真正銘、国内屈指の、いや、世界屈指の「超二流」なのだ。

 

 

トライフォース新宿へ出稽古に行く価値は、言うまでもなく芝本の指導が受けられることにある。だが実はもう一つ、私にとっての価値ある存在がいる。それが芝本の妻である、芝本さおりだ。

さおりは一見、リスのような齧歯類の愛くるしさを持つ女性。それゆえ我々は冗談半分で、

「極めてもらえるアイドル!」

などと揶揄するのだが、彼女とスパーリングをすれば一瞬で気づくことがある。それこそが「齧歯類に騙されるな」ということだ。

齧歯類といえばリスやハムスター、そしてカピバラが有名だが、いずれもキュートな見た目で一心不乱に木の実や草を食べる姿など、思わず目を細めてしまう。しかしカピバラに至っては、本気を出せば時速50キロのスピードで走ることができる。さらには雄同士の争いなど、どちらかが死ぬまで続くという恐ろしさ。

さおりの見た目に騙されて、男といえども調子に乗ったら最後。あっという間にキュートに葬られるだろう。

 

そんなさおりの柔術は、一から十までトライフォースのカリキュラムでできている。さらに夫である芝本の手ほどきも加わり、土台がしっかりしている上に超二流のエッセンスで仕上げられた、こちらも「スーパー齧歯類」と言わざるを得ない女なのだ。

 

 

そんな超人・芝本は、フィジカルも完璧で余分な脂肪をつまみ上げる隙もない。かつて、大手スポーツジムでインストラクターをしていた彼は、顧客のみならず自身の身体管理も徹底しているのだ。

どれほどのストイックな食生活にハードなトレーニングを行えば、そのような美しく完璧なフィジカルが維持できるのだろうか――。

 

ある時、休憩スペースで補食をとる芝本を発見した。口へと運んでいるのはプロテインか?はたまたBCAAか?

「俺、グミ好きなんだよね」

私は言葉を失った。あれほどまでに神々しい肉体をさらし、10年以上もの間トップアスリートとして日本を牽引してきた男が、まさかグミを貪り食うなどとは!!!

 

・・・これは芝本の企業秘密かもしれないので、他言無用で願いたい。

 

 

芝本の、全日本柔術選手権10回優勝という節目を祝うセレモニーに参加させてもらったわけだが、私はあえて写真は撮らなかった。前人未踏の記録はまだまだ続くわけで、かっこよく言えば途中経過に興味はないからだ。

 

その代わりと言ったらなんだが、優勝を逃した唯一の銀メダルを記念に掲げておこう。

 

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