後部座席シートベルト装着のすすめ方

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近距離タクシーヘビーユーザーのわたしは、2キロ以内のタクシー乗車率が異常に高い。たとえば所属先のジムであるトライフォース溜池山王へ向かうのに、電車ならば3駅という決して遠くはない距離に住んでいるのだが、ほぼ百パーセントの確率でタクシーでジムへ向かう。

 

ちなみに地下鉄の一駅など歩けるほどの距離間隔ゆえ、3駅はさほど遠くない。だがさすがに歩くにしては遠いし、自転車があれば違うかもしれないが、最寄り駅からジムまで延々と続くだるい上り坂は、わたしの脚力と精神力では超えることのできない障壁のため、どのみち無理だろう。

そして電車で3駅は時間にして6分、わざわざ座席に座るまでもない短時間で到着してしまうのだ。しかも自宅からの最寄り駅が始発となる場合が多く、ガラガラの車内でどーんと着席し、わずか6分でも十分に満喫できる。

こんないいこと尽くしの条件にもかかわらず、なぜ毎回タクシーに乗るのだろうか?

 

――それは、Door-to-Doorで20分以上かかるからだ。

 

自宅から最寄り駅まで徒歩5分、電車の待ち時間5分、乗車時間6分、駅からジムまで5分程度というのが平均的な移動時間。電車が遅れたり、発車直後にホームに着いたりするとさらに数分の遅れが発生する。

それに比べてタクシーは、自宅から2分でたどり着く大通りで、ジャンジャンやってくるタクシーに手を上げれば即乗車でき、およそ6分でジムに到着できる。タクシーを降りれば目の前にビルの入り口があり、下車から2歩目には入館完了。階段やエスカレーターの昇降もなく、なんと快適でスムーズな移動手段だろうか。

 

というわけで高確率でタクシーに乗るわたしが、従いたくない行為というものがある。それはシートベルトの着用だ。

2008年6月1日施行の改正道路交通法により、後部座席のシートベルト着用が義務付けられ、自家用車に限らずタクシーでも同様の取り扱いとなった。違反した場合、運転手に対して違反点数が付されるため、運転手からすると

「つべこべ言わずにシートベルトしろや!」

と言いたいところだが、これまたなんと裏がある。実際に違反点数が付されるのは、高速道路走行中に後部座席シートベルト装着義務違反があった時のみで反則金もない。それどころか一般道路の場合は口頭注意のみで、違反点数も反則金も付されないのだ。

それであればタクシー運転手としても乗客とのトラブルは避けたいため、あえてシートベルトに触れたくはないと考えるのが普通。そのため、最近のタクシーでは自動音声でシートベルト着用のアナウンスが流れるだけで、運転手は黙っていることが多い。

 

だが中には運転手が挨拶がてら、シートベルト着用のお願いをする場合もある。むしろ挨拶が始まれば必ず、シートベルトの話題が最後に出てくるといっても過言ではない。

「もしよろしければ、シートベルト着用をお願いします」

「念のため、シートベルト着用にご協力ください」

「シートベルト着用が義務となっておりますので、ご理解ください」

このように、申し訳なさそうに小声で伝えてくる運転手がほとんど。しかし性格の悪いわたしは、義務とわかっていながらもなんとなく従いたくない精神が漲る。中にはシートベルトを装着するまで発車しなかったタクシーもあり、間違いなく正しい行為ではあるが、さすがに気分が悪かったのでタクシーを降りたこともある。

 

ところが今日、わたしは自らシートベルトを引っ張ることとなった。

普段は、音楽を聴いているフリをしてシートベルトのお願いを無視したり、「わかりました」と肯定しておきながらも無視したり、かなり態度の悪い乗客のわたし。だが今日の運転手のセリフにはどこか好感が抱けたため、率先してシートベルト着用に協力してしまったのだ。

その言い方とは、こうだ。

「シートベルト着用のお願いをさせていただくことだけ、お伝えしておきます」

特段、変わったお願いの仕方ではないが、この言葉には強制力がない。前出のセリフはすべて、シートベルト着用を強制している。だがこの運転手は、

「ルーティンとして『シートベルト着用の依頼』をするが、その後の判断はあなたに委ねる」

というニュアンスを含んでおり、乗客がシートベルトをしようがしまいが、運転手はちゃんと忠告したぞ、というエクスキューズを含んでいる。

 

シートベルトのくだりに辟易していたわたしのハートを、この運転手は見事に射貫いたのである。

 

その後、わたしは無言でシートベルトを引っ張ると、カチッとはめてジムへと向かう6分間を満喫したのであった。

 

サムネイル by 希鳳

 

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