「煙草の臭いがクサいと感じるようになったんだよね」
友人が告白する。ヘビースモーカーだった彼女は、妊活をきっかけに喫煙を辞めた。
ーーそもそもなぜ煙草を吸うのか
煙草に含まれるニコチンは脳にあるニコチン受容体と結合する。するとドーパミンが大量に放出され快感を味わうことができる。そのため、
「気持ちが落ち着く」
「ホッとする」
という効果をもたらすが、しばらくするとニコチンの作用が切れるため、再び煙草を吸うという繰り返しでニコチン依存症となる。
友人は強い意志を持って禁煙したわけでも、壮絶な努力を続けたわけでもない。本人が自ら火をつけない代わりにパートナーの煙草を一口分けてもらうなど、なんとなくダラダラ煙草を断つ方向へと行動はしていた。
だがこのたび、ハッキリと禁煙のフェーズが進んだ。
人間の嗅覚は、自身に有害な物質に対して「クサい」と感じ、拒絶する。
そのため、本来であれば煙草の臭いも「クサい」わけだが、ニコチン依存症となるとその悪臭が「イイにおい」に感じてしまうため厄介。
ところが本日、煙草という有害物質に対する正常な嗅覚を取り戻した友人をみて、人間の有能さを再認識させられた。
*
昨夜、得意のウーバーイーツでカレーを注文した。時刻は22時、宅配可能な飲食店も限られているなか、大好物のカレーを見つけた私は即クリック。宅配系のカレーで失敗することは、まずナイ。
20分後、カレーが到着。コスパで選ぶならこの一皿、野球で例えるなら「メジャーカレー」といったところ、2,000キロカロリーを超えるボリューム満点のカレーを注文。キリのいいところまで仕事を済ませたら食べよう、とタイピングの勢いが増す。
ーーん?
カレーのいい匂いとは別に、なんとも異様なニオイをキャッチした。目の前には届いたばかりの大盛りカレー。ではこのニオイはいったい?
ひとまず仕事に集中し、カレーが冷める前に口に入れるべくタイピングを続ける。だが、もはや吐き気を感じるほどの異臭が私の鼻を突く。
ニオイの発生源は目の前のカレー以外にありえない。恐る恐るカレーの蓋を開け、ニオイを嗅ぐ。
ーー別に臭くない
不思議なことに、蓋を空けてクンクンするとカレーの匂いはするものの、さっきまでの異臭はしない。どういうことだ?
とりあえず蓋をしてタイピングを続ける。だが、やはりどこからともなくムカムカするニオイが漂ってくるのだ。
ーー廃油というか、油が劣化した臭いだ
間違いなくこれは酸化した油の臭い。嗅いだだけで胸がムカムカする。ところが、カレーの蓋を開けるとその臭いが消える。
どうなってるんだ?
冷静に分析してみる。
油が酸化した臭いはカレーからというより、カレーにトッピングされているロースかつやチキンカツ、エビフライ、ウインナー、そして追加した目玉焼きなどを調理する際に使用した「油」から発せられると予想。
そして、厨房に大量に重ねてある容器にその油が付着。宅配用に盛り付け、蓋をして料理の匂いを閉じ込めると、容器に付着した油の臭いだけが漂う。
ましてや配達員が運びやすいようにビニール袋に入れてあるため、袋内は容器の油の臭いが充満している。そのビニール袋の口から漏れるニオイといえば、油の臭いしかしない。
この推理で間違いないだろう。
前述したが、人間の嗅覚は有害物質に対して反応する。私が顔を歪めるほどの異臭が、私に対して有害でないわけがない。
では、目の前の大盛りカレーを一口も食べずに捨てるのか?それとも、
「古い油で調理しやがって!新しいの持ってこい!」
とクレームすべきか?
時刻は22時半。一日の大仕事を終えようとする廃油はさぞかし臭いだろう。人間だって、汗をかきしばらくすれば臭くなる。油だけが差別されるのは割に合わない気もする。
私はため息をつきながらパソコンを閉じ、カレーの蓋を剥ぎとる。もう一度、カレーの匂いを嗅ぐ。
ーーカレーは臭くない
自分の嗅覚と推理を信じ、有害なのはこの「容器」だと断定。厳密には、容器に付着した廃油の臭いだが。そして覚悟を決めると、一気にメジャーカレー大盛り目玉焼きトッピングを食べ尽くす。
ーーいいんだ、このトッピングが廃油で作られていようが、今の私にはメジャーカレーを食べずに捨てるなどという選択肢は、毛頭ないんだ
Illustrated by 希鳳
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