手のひらに現れた偽関節

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人間は非常に憶病な生き物である。カサカサとゴキブリが横切れば絶叫し、ちょっと足を挫けば大騒ぎし、自然界ならば真っ先に消えるであろう動物だ。

おまけに、自分の体についてあまりに知らなさすぎる。確かに臓器や脳内の様子は視認できないため、不調を感じたら病院へ走りたくなる気持ちは分かる。だが、ちょっと考えたら・・というかイメージしたら、ある程度の状態は把握できるのではなかろうか。

それなのに、己の体の仕組みを知ろうともせず、すぐに他人に頼りたがるのは人間の悪い癖である。

 

とはいえ、唯一といってもいいくらい、怪我の処置として誰もが率先して行うのは「やけどをしたら水で冷やす」だろう。

誰に言われたわけでもなく、やけどをした瞬間にすぐさま蛇口をひねり、大量の冷水をジャブジャブと浴びせるのは「不思議」の一言に尽きる。その証拠に、真っ青になりながらネットで調べたり、半泣きで親に電話をしたりするようなお馬鹿さんには、さすがに出会ったことがない。

つまり、本当にマズイ状況に直面すれば、人間は自ずと行動できるものなのだ。

 

そして今、わたしは左手の中指がおかしなことになっているのに気づいた。

床に座って飯を食べていたのだが、立ち上がるときに拳を突き立てて腰を上げた瞬間、なんとなく、中手骨あたりの腱か骨が手首側へズレたというか潜ったというか、ぐしゃっというような感覚を覚えたのだ。

(ん、折れたのか?いや、脱臼したのか?)

なんだかよく分からないが、中指を内側に曲げようとすると、激痛で動かせない。他の指は健在なので、やはり中指ラインの中手骨周辺になんらかの不具合が生じたのだろう。

 

ピアノのレッスンがあるので、とりあえず鍵盤を押せるかどうかを確認する。——痛みはあるが、なんとか動かせる。あとは、いかに他の部位を使ってごまかせるかを考えよう。手首や肘で代用できるならば、それで明日のレッスンを乗り切れる。

 

こうしてわたしは、なぜか突然左手を負傷することとなった。拳を潰すほど体重が重かったのだろうか?それとも、元から拳を負傷していたのだろうか?

真相は不明だが、とにかく中指が痛くて曲げ伸ばしが不自由になった。

(ちょっと引っ張ってみるか)

放っておいても改善はしないので、まずは傷めた動きと逆の動きで様子を見ることにした。拳を突き立てて痛くなったのだから、逆に引っ張ってみよう——。中指をグッと引っ張るが、あまり変化はない。拳辺りを引っ張っても同じである。

(おかしいな、奥にズレたのなら引っ張れば戻りそうだけどな・・)

わたしの浅はかな思惑を嘲笑うかのように、中指の痛みは増していく。

 

とはいえ、あまり気にしてもしょうがないので、わたしは寝ることにした。朝になったら元通りに治っていた…なんてことがないとも限らないからだ。

だが、目を閉じるもなかなか眠れない。「5分で寝落ち」というタイトルの音楽を流すも、50分経っても寝落ちする気配はない。・・とその時、わたしは閃いた。

(押してみるのはどうだろうか?)

さっきは中指を引っ張って戻そうとした。だが何も変わらなかった。ならば、手のひらの真ん中あたりを押すことで、潜り込んだ骨か腱を押し戻すことはできないだろうか。

 

右手でそっと、左の手のひらを揉んでみる。中手骨の真ん中に関節などあるはずもないが、まるでそこに関節が存在するかのようなくぼみを発見した。——なんだこれは?

そこを押しながら中指を動かしてみると、なにやら連携している感覚がある。やはりこの偽関節が関係しているに違いない。

 

そこでわたしは、右手の親指で強くしっかりと左の手のひらを押した。押しながら、外れた関節を元に戻すようなイメージを脳内に描いた。

すると次の瞬間、ガコッと何かがはまるような感触があった。さすがに音はしないが、それでも明らかに外れていた凹凸が噛みあう感覚を得たのだ。

(・・・痛くない。中指もちゃんと動く!)

なんと、中指が動くようになったのだ。もちろん痛みも消えた。なにが起きたのかは分からないが、とにかく、わたしの中指は元通りになった。

 

——やはり、ある程度のイメージができれば、それは実現するのだろう。

 

Illustrated by 希鳳

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