わたしの背後で、誰かが呼吸を堪えている気配を感じる。
そんな無理をしなくてもいいのに・・いや、きっと無理をさせているのはわたしの演奏なんだ——。
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今日、わたしが通うピアノ教室で、発表会のリハーサルが行われた。
リハーサルといっても、発表会に参加する生徒らが集まり、一台のピアノを囲んでじっと演奏を聴く・・というだけのイベントなのだが。
しかし、たったそれだけのことでも普段とは違う緊張感というか、見ず知らずの老若男女に新鮮さを感じるわけで、一人でせっせと弾くのとは違う"落ち着かなさ"を味わうことができる。
そしてこれは、本番の会場でも似たような状況となるため、場所や環境は違えどやはり本番を想定したリハーサルなのだ。
(それにしても、近いな・・・)
そもそも、普段のレッスンは先生と生徒の二人のみの空間に、今日は五人もの人間が集っている。
そんな密集空間にて鍵盤に向かうわたしの、左右と背後からは興味津々のまなざしが突き刺さるわけで、なんというか期待に応えるべく張り切って演奏を始めた。
ちなみに、一曲を弾き終えるのに少なくとも13分が必要なため、皆さんの邪魔にならぬよう一番最後に控えていたわたしだが、「これが終わったら帰れる!」という淡い期待を裏切るかのように、わたしの演奏はそう簡単には終わらなかった。
他の皆さんはそれこそ3分・・長くても5分とかからずサクッと演奏を終えていた。「どうせこいつも、そんなもんで終わるだろう」と、誰もがそう期待していただろうが、そうは問屋が卸さない。
3分、5分・・そして10分が経過したが、わたしの演奏は終わらないのだ。
(マズい・・・背後の男性の呼吸が、不自然というか苦しそうだ。シーンとした曲調のせいで、堂々と息をするのが難しくなったのかもしれない)
発表会のリハーサルとはいえ、聞いている人間が苦痛を味わうような状況はよくない。かといって、わたしにはどうにもできない。なんせここは、pp(ピアニッシモ)で弾くべき部分であり、こちらも息をひそめて頑張っているのだから。
(さらにマズイぞ・・左の女性が飽きちゃってるじゃないか!)
曲の終わりまであと2分程度だが、10分もじっと座らされていれば誰だって疲れるに決まっている。そして横に座る女性が、必死にあくびを堪えているのを感じるわけで、わたしはとても焦った。
(頼むから堂々とあくびをしてくれ。我慢なんてしなくていいから、どうかラクに自然に過ごしてくれ!!)
他人に気を使わせてまで、演奏を続ける意味などない。よって、皆はいつものようにケータイをいじりながら、適当に暇つぶしをしてくれればいいのだ。だからどうか、変に気を使わないでくれ——。
心の奥でそう叫びながら、わたしは13分を乗り切った。そして、曲が終わるとともに5人の微妙な緊張感もほどけ、深呼吸をしたりケータイを取り出したりと、ようやくみんなに穏やかな日常が戻ったのだ。
「いやぁ、まばたきでページがめくれたらいけないと思って、必死にまばたきを堪えましたよ~」
背後の男性が笑いながらそう告げた。——そうか、あれは曲が静かで呼吸がしづらかったのではなく、わたしの電子楽譜がまばたきでめくれてしまうことを懸念し、必死に目を開けたままでいてくれたのか。
(・・・あぁ、疲れた。こんなにも疲れたのは、久しぶりだ)
これまでは何時間でも弾き続ける自信があったが、今のわたしは疲労困憊でぐったりである。
こんなにも他人に気を使わせて、まばたきをすることも唾を飲むこともままならぬ状況で、やたらと長い曲を強制的に聞かせる行為が、ここまで自分自身を追い込むことになるとは思いもしなかった。
そしてこれらはすべて、わたしの演奏技術の稚拙さゆえに起こる現象だ。こんな状態で本番など迎えられない。果たして間に合うのだろうか——。
心身ともにボロ雑巾のようなわたしだが、本番まで泣いても笑ってもあと12日。
わざわざ冷やかしに来てくれる友人・知人らのためにも、彼ら彼女らが安心して居眠りできるよう、ラストスパートに心血を注がなかければならない。
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こうして今夜も、朝まで鍵盤と格闘するのであった。
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