ポロネーズの地質調査、終了

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「ようやく土台ができてきたというか、なんとか形が見えてきたわね・・」

茫然自失となった先生は、ボソッとそう呟いた。これにはわたしも全く同じ気持ちである。例えるならば、マイホーム建築のために購入した土地の、地盤強度や異物・空洞を探査するために、地質調査を実施し終えたところと・・という感じか。

そして地質調査は終えたが、その結果はまだ分からない。とりあえず「調査を終えた」という事実だけで、その後、地盤がどうだとか地中に何があるだとか、家を建てるために必要な情報を精査していく過程である。

 

(いったいいつ、家は建つのだろうか・・)

 

現実の話ならば、ここから一年で家は建つだろう。だが、あと5ヶ月で完成させなければならない場合、何をどうすれば間に合うというのか。

取り急ぎ、基礎工事に取り掛かりたいわけだが、なんせ今日ようやく地質調査を終えたばかりなので、その結果次第で順次進めていくしかない。さらに、機械の力を借りることなくマンパワーによる「手作りの家」を目指しているため、工期を短縮することは不可能。とてつもなく腕のいい大工や職人ばかりを集めたとて、どこまで巻けるのかはやってみなければ分からない——。

 

そんな恐ろしく巨大な不安を抱えながら、わたしは先生の家を後にした。そう、これはマイホームを建てる話ではなく、ピアノの発表会までの長いようで短い、恐怖の道のりについてである。

 

 

わたしは今日、やっとのことで発表会の曲を最後まで弾き終えることができた。譜読み自体はもう少し前に終えていたが、そこそこ曲っぽく弾くためにはある程度の時間が必要だった。

 

言い訳がましいが、発表会の曲だけを弾いていればいいわけではなく、他にも練習曲を3曲ほど同時並行で進めているため、一曲にかける練習時間というのも必然的に分散されてしまうのだ。

さらに、見栄っ張りなわたしはついつい新しい課題曲に手を出しては、なんとか形にしてレッスンへ臨もうとするため、発表会の曲へ注ぐ練習時間も熱量も半減するのは当たり前。

にもかかわらず、「発表会はまだ先のはなし!」などと高を括っていたため、なんとなくズルズル先延ばしにしてきたのだ。

 

そしてようやく、やぶれかぶれではあるが最後まで曲っぽく弾き終えることができた。その結果、わたしも先生も同じことを思った。ようやく地質調査が終わったレベルだ——と。

本当ならば「中間部なのだからこう弾いてほしい」とか「ポロネーズのリズムを強調するべくこう弾いてほしい」といった、細かな注文が山ほどあるはず。数にして数百、いや、数千カ所くらいあるかもしれない。

だがそれどころではない。とてもじゃないが、音楽的な要素を取り入れる隙間など、微塵もないのである。

 

「ここ、左手だけで弾いてみて。三連のスタッカートで」

言われるがまま、左手を鍵盤に載せる。

「ちがう。手を上下させずに指だけで」

言われるがまま、指だけで弾く。

「もう一度」

もう一度弾く。

「もう一度」

もう一度弾く。

「もう一度」

もう一度弾く。

「もう一度」

もう一度弾く。

「・・じゃあ両手で弾いてみて、スタッカートで」

言われるがまま、両手で弾いてみる。

「そしたら、楽譜どおりに弾いてみて」

楽譜どおりに弾いてみる。

「少しマシになったわね・・」

——こうして5分が経過した。

 

・・たったの2小節を「少しマシ」にするのにおよそ5分。わたしが発表会で弾く予定の曲は、326小節ある。いったいどれだけの時間を費やせば、曲全体が「少しマシ」になるのだろうか。

おまけに、少しマシになったからといって完成とは程遠いわけで、さらに何十時間、何百時間と練習を重ねなければ、人前で披露できるようなレベルにはたどり着かない。

 

繰り返しになるが、施工期間を短縮することはできない。途中でわたしが、奇跡的に天才にでも豹変すれば別だが、そうなる可能性よりも地道に練習を続けることのほうが、地球が破滅するよりも明らかに現実的。

要するに"目をそらすことのできない現実"がここにある、というわけだ。

 

「三拍子だから拍の頭が一番強いでしょ?そして徐々に弱くなっていくんだけど、(曲の流れとしては)次の拍の頭に向けて盛り上がらなければならないのよ、ウワーっと盛り上がる感じ。音は小さく、でも盛り上がるように弾くの・・わかる?」

 

頭では理解できるが、それを音で表すことができない。ただ、イメージは描けているので、いつかそのように弾ける日は来るだろう。とはいえ、それが「いつ」になるのやら——。

ジタバタしたところで何も変わらない。今はただ、真摯に鍵盤と向かい合い、5月3日の発表会までに曲が仕上がることを祈るのみである。

 

(祈ることでどうにかなるなら、すべてを捧げるのだが・・)

 

 

見栄っ張りで臆病者のわたしは、深夜に一人、おずおずとピアノのフタを開けるのであった。

 

サムネイル by 希鳳

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