シロガネーゼ、深夜の成田空港で一人立食パーティーを敢行

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わたしは今、秘密基地にいる。だが、状況を理解していない者のために種明かしをすると、ここは秘密基地というか、「ナインアワーズ成田空港」のカプセルの中である。

そして敵(利用客)に悟られぬよう、最低限の指力でキーボードを触っているのだが、気を使いすぎて頭が変になりそうである。こんなことならば、敵に攻撃されてもいいから勢いよくタンタン叩きたいものだ。

とはいえ、そんな勝手は許されない。なぜならここは秘密基地だから——。

 

 

明日の朝、7時10分発のLCC機に搭乗予定のわたしは、自宅からでは始発でも間に合わないことを知り、大慌てで成田空港内のカプセルホテル「9hナインアワーズ」を予約した。

じつはこの時点でひと悶着あったが、それでもなんとか秘密基地へ潜り込んだわたしは、ひとまず腹ごしらえでもしようとコンビニへと出かけたのである。

しかし、ナインアワーズは睡眠と休息に特化したカプセルホテルであり、当然ながら飲食は禁止(飲み物だけOK)。そこでわたしは、仕方なくホテルの外へ出ると、食事がとれそうな場所を探した。

 

ところが、わざとなのかは分からないが、ここ成田空港はベンチがほとんどない。色々と探し回るうちに、オブジェのような丸い石柱をいくつか発見したが、あいにくの雨で使用することができない。

・・となると、このフロアで利用できそうなものは、空港内で使用できるショッピングカートか、自動販売機横にあるゴミ箱くらいである。そしてカートは利用者がいるらしく、番号札が置かれている。

(もしも食事中に戻ってこられたら、食事を中断しなければならない。それは迷惑なので止めておこう)

かといって、ゴミ箱の上に食べ物を置いてディナーというのも、いささか不釣り合いである。なんせ天下のシロガネーゼが、ゴミの上で食事をするなどあってはならないことだからだ。

 

そこでわたしはフロアを変えるべく、エスカレーターを上った。そもそもナインアワーズのフロアもその一つ上のフロアも、時間的なものだろうか、人っ子一人見当たらない。ごくまれに、フラフラと間抜けなボンクラが現れるが、わたしと目が合うなりその場から立ち去るので、結局のところ誰もいないのと同じなのだ。

そしてこのフロアも、先ほどと同じくベンチどころか物がなにもない。あるのはエスカレーターと消火栓ボックスのみ。

(これ以上、放浪したところで同じだろうな・・)

成田空港の無慈悲さを汲み取ったわたしは、やむなく消火栓ボックスを食卓として、ディナータイムを開始することにした。

 

だが、吹き曝(さら)しの消火栓ボックスの上など汚いに決まっている。ホコリがたまり虫の死骸までこびりついている。あぁ、ランチョンマットでもあれば——。

しかし、不要なチラシが豊富なわが家のポストはここにはないし、敷くことのできる紙も布もあるはずがない。唯一のアイテムであるコンビニの袋は、さすがに小さすぎてすべての食事を並べるにはとうてい面積が足りない。

(しかたない、腹をくくるか)

別に、消火栓ボックスの上部が恐ろしく汚れていようが、そこに落ちた物を拾い食いするわけではないのだから、実際にはどうでもいい話である。ただ単に、その汚れた食卓が視界に入るためメシが不味くなるというだけで。

とはいえ、言っちゃなんだがコンビニで買ってきた総菜やらウインナーやらサンドイッチなわけで、行儀は悪いかもしれないが立ち食いが可能なものばかり。地べたに置くよりも消火栓ボックスの上のほうが、よっぽど衛生的だろう(自分調べ)。

 

ということで、薄汚れた空間で虫に刺されながらも、わたしは立ち食いディナーを満喫した。

たまに、仕事終わりの空港職員らがエスカレーターを降りてくるのだが、必ずギョッとしながらこちらを見るも、「あぁ、飯を食っているのか」という感じで去って行くので問題ない。さらに、道に迷ったボンクラが登場しても、食事の邪魔をされたくないわたしが恐ろしく睨みつけると、そそくさと消えるのでこちらも問題ない。

そんな感じで、わたしはシロガネーゼ代表として見事な「一人立食パーティー」を敢行したのである。

 

 

深夜1時を回り、秘密基地へと戻って来たわたしは、カプセル内でふと思った。

(そういえばわたしは、閉所恐怖症だったな・・)

なんともいえぬ圧迫感と静まり返った静寂のなかで、わたしは両手をタオルで覆いタイピングの音を消しつつ、悶々としながら秘密基地での時間を過ごすのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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