ボロアパートの集合ポスト URABE/著

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俺の仕事は「何でも屋」だ。便利屋ともいうが、依頼の内容が汚れ仕事だろうかなんだろうが、とにかく引き受けるのが俺のやり方。特殊清掃からゴキブリ退治まで、金額に応じてどこまででも飛んでいく。

そして今日の仕事は、人探しだ。

一人暮らしのマンションやアパートに設置された集合ポストというのは、意外と簡単に中身を確認することができる。最初は自分だけかと思っていたが、ダイヤルキーをいちいち回して開ける面倒を考えると、やはり多くの居住者はロックせずにそのままにしておくのだ。

よって、今回のように番地までは分かっているが部屋番号が分からない場合、俺はポストを覗かせてもらう。つまみを引っ張れば十中八九、ポストが開くからだ。そこで郵送物の宛名を確認し、対象者を探し出す。

 

(山田、田中、佐藤、鈴木・・・あった、可否原!)

 

13個目のポストに押し込められていたチラシの山から、錦糸町のクラブの周年記念イベントのハガキを発見した。だが、残念ながら可否原は引っ越した後の様子。なぜなら、伊藤シンジ宛の公共料金のハガキも入っていたからだ。

(錦糸町のママは、こいつが引っ越したこと知らねぇんだな)

まぁよくあることだ。こうなったら、可否原のオンナの部屋をあたるしかない。

 

人探しで重要なのは恋人の存在だ。最近では、SNSを伝うとわりとすんなりたどり着けたりする。なんせ人間ってのは承認欲求の塊だし、誰かと繋がっていたい寂しがり屋の集まりだからだ。

孤独や孤立をネガティブな虚構として作り上げたのも、誰かにもたれかからなきゃ生きていけない、甘ったれた人間たちの戯言。

 

ま、俺はいつでも一人だし、誰がどうなろうが知ったこっちゃない。

 

 

可否原のオンナが住むアパート近くのコンビニに到着した。

あいにくの雨だが、人探しにおける雨の存在はむしろ感謝すべきギフトといえる。俺自身もだが、相手も傘をさしているため視界がわるい。おかげで、堂々と尾行してもバレにくいのだ。

 

今回、オンナ自身が対象者だと感づいていなければ、帰宅と同時に自然とポストを開けるはず。そして、どのフタを開けたのかさえ見逃さなければ、部屋番号がわかる。そうすれば、あのアパートのどの部屋を監視すればいいのかが決まる。

・・今日はそこまで確認できれば十分だ。

 

というわけで、俺は明るいうちにポストの位置と部屋番号を確認した。郵送物で名前が当たればよかったのだが、どのポストにも「粗大ごみ引き取ります」「月極駐車場3000円」「スッピン熟女バー」のチラシしか見当たらなかった。

さらに面倒なことに、ここは3棟で一つのアパートのため、集合ポストも3カ所ある。そしてコンビニから見えるのはそのうちの二つで、もう一カ所は外へ出ないと見えない角度にある。

ま、いずれにせよオンナが帰宅したらここを出よう。

 

あれから3時間が過ぎた。辺りは真っ暗だが、もうそろそろ俺の出番だろう。

(・・・キタ!)

可否原のオンナだ。いつも自撮りばかり晒してるから遠目からでもすぐわかる。だが一人ということは、可否原とは別行動なのか?

 

俺はコンビニを出ると、ビニール傘を開いて歩き出した。強風のせいで膝下がすぐにびしょ濡れになったが、ターゲットが目の前を歩く興奮のせいでまったく気にならない。

傘を流れ落ちる雨粒の間から、さりげなくそして確実にオンナの姿を追った。

(んん、C棟か)

よりによって一番奥の建物だったが、ここまでくればさほど問題ではない。あとはどのポストを開けるのか。

 

(・・・202だ)

 

電柱の陰からアパートを見上げていると、しばらくして部屋の明かりがついた。

あの部屋なら、県道沿いのコインランドリーから監視できる。しかもWi-Fi無料のチェーン店だから、長居しても暇にはならない。

――よし、今回は楽勝だ。

 

 

他人の幸も不幸も俺には関係ない。ただカネを稼ぐためだけに、ドブネズミのように汚水まみれでも図太く生きるのだ。

(了)

 

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