正月の風物詩といえば、年賀状である。
ズボラなわたしは年賀状を出すことも、もらった年賀状に返事をすることも忘れる。感謝の気持ちはあるし、ぜひとも返事を出そう!という強い想いはあるのだが、いかんせん手が出ない。
スタバのドリンクチケットをLINEで送るから、どうかそれで勘弁願いたいのである。
届いた年賀状で毎年、圧倒的に多いのは「名字のタイポ」だ。
浦と渡の形が似ているとはいえ、「うらべ」を「わたなべ」と書かなくてもいいだろう。もしかすると、わたしの名前を呼んだことがないのだろうか?いや、そんなはずはない。
この「わたなべ」のタイポをなくすためにも、普段からあえて「URABE」とローマ字表記にしているのだから。
しかし年に一度の答え合わせで、ローマ字作戦が功を奏していないことが分かるわけで、ちょっと残念である。
次に多いのは、うらべの「べ」が「辺」ではなく「部」のタイポ。
まぁこれは仕方ないというか、こちらにも非がある。普段からURABEと記載しているわけで、漢字でどのように書くのかを明かしていないわたしが悪いからだ。
このように、年賀状の宛名を見るたびに、漢字というのは難しいものだと実感させられるのであった。
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そういえばわたしは、氏名のローマ字表記にちょっとした特徴がある。
名字はURABEでそのままだが、名前はRICAと綴るわけで、ヘボン式ローマ字表記とは異なるのだ。
偶然にも先日、数名の友人から同様の質問を受けた。
「名前のRICAってさ、ほんとうはRIKAだよね?」
チッチッチ。ヘボン式などに囚われていてはURABEが廃る。パスポートもクレジットカードも、公的なローマ字表記はすべて「RICA」である。
しかし思い返せば、都庁かパスポートセンターか忘れたが、壮絶なバトルを繰り広げた記憶がよみがえる。
「お客さま、お名前の表記はRIKAとなりますので訂正をお願いします」
職員にこう言われながら、申請書類を突っ返された。ムカッとしたわたしはすかさず聞き返した。
「アフリカとかアメリカって、ローマ字で書いてみてくださいよ」
当然ながら「Africa」「America」となる。そしてよく見ると、後半四文字はRICAというローマ字で表記されている。
「これらの『リカ』とわたしの『リカ』は、なにか違うんですか?」
意地悪で言っているのではない。ほんとうに分からないから聞いているのだ。
自分の名前をローマ字表記した際に、URABEは丸っこい文字が多いため、RICAとすれば丸っこさが保たれる。しかしRIKAとなると直線的な文字が多いので、自分の中でのバランスが保てなくなる。
そもそもヘボン式とは、アメリカ人宣教師のジェームス・カーティス・ヘボン氏が、1867年に出版した「和英語林集成」の記述法のことである。
それまで日本には和英辞典なるものが存在しなかったため、改訂を重ねつつ広く利用されるようになり、後に外務省がヘボン式を採用したことで、パスポートの氏名表音もヘボン式ローマ字表記が原則となったのだ。
無論、国際結婚により名字が変わったとか、国字の音訓および慣用によらわれない読み方であるとか、その氏名での生活実態がある場合には、非ヘボン式ローマ字表記も認められる場合がある。
しかし、パスポートを一度取得した後のローマ字氏名表記の変更は認められないので注意が必要。
このように、たかが読み方と言いたいところだが、なかなか厳重なルールが設けられているのだ。
――とはいえ、わたしには到底納得できない。アフリカやアメリカはよくて、なぜわたしはダメなのか。納得がいく答えをもらうまで、わたしはこの場を動かない覚悟を決めた。
「しょ、少々お待ちください・・・」
担当職員は迷惑そうな顔をしながら、バックヤードへ消えて行った。そしてしばらくすると、上司と思しき偉そうな人物を連れて戻って来た。
「お客さま、お名前の表記をRICAにしたいと」
――この入り方は、優しく穏やかに丸め込む作戦だな。残念ながら、その手には乗らない。
「はい。Kという文字を見るとKKKを連想して恐ろしい気持ちになるので、アフリカやアメリカと同じく、わたしもRICAでいきたいんです」
たしかオカルトチックな話題を持ち出した気がする。どうせルールを盾に論破されるのならば、こちらはオカルトで盾突いてやろう、という魂胆だ。
上司と思われる偉そうな人物は、しばらく腕組みをしながら考えていた。そしてふと口を開いた。
「わかりました、アフリカやアメリカと同じ『RICA』でいきましょう」
これには驚いた。役所の人間がこんなにもすんなり、素人の子どもの意見を支持してくれるとは。あんた、間違いなく出世するよ。
(・・・こりゃ日本も、捨てたもんじゃないな)
*
こうしてわたしは、URABERICAの称号を手に入れたのだ。
丸っこい文字がたくさん入っているので、非常に気に入っているのである。
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