二回目のチャイム  URABE/著

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火曜日は恒例のピアノレッスンの日である。

いつも付け焼き刃ではあるが、それなりに全力で挑んでいる。しかし当然ながら、言い訳も山ほどある。

 

アタシのマンションは楽器禁止のため、ピアノの音が聞こえようものなら、管理会社へ通報されてこっぴどく叱られる。

にもかかわらず、ヤマハの立派なアップライトピアノを置いているアタシは、鍵盤の裏側にBOSEのサイレンサーを設置し、打鍵したところで音は一切聞こえない状態にしている。

 

ヘッドフォンを通してピアノの音が聞こえるが、無論、電子音である。音の強弱は3段階くらいしかないため、どんなにそっと鍵盤にふれても、そこそこデカい音が鳴る。

鍵盤がスイッチとなり、触れるか触れないかでオンオフが決まるわけだから当たり前である。

 

そして、アップライトピアノとグランドピアノは一見似ているが、まるで異なる楽器だということに気付くのが遅かった。

例えるならば柔道とブラジリアン柔術くらい違う。ちょっと分かりにくいか。ならばテニスとバトミントンくらい、あるいは、中国料理と韓国料理くらい違う。

 

知らない人からすれば、見た目が似ているためさほど違いはわからないかもしれない。とはいえ、少しでも足を突っ込んだことのある人ならばわかるはず。とにかく全然違う楽器なのだ!

 

ただでさえ違う楽器に、サイレンサーを付けて電子音に変えてしまっているのだから、そりゃ違いすぎるにもほどがある。

だが唯一、鍵盤の重さだけはアコースティックピアノであり、打鍵のタッチは本物といえることが救いだった。

 

・・・そう思ってアップライトピアノを買ったわけだが、グランドピアノと比べればハンマーの形も、弦の長さも張り方も全然違う。

そりゃそうだ、見た目がこれほど違うのに、中身が同じなわけがない。

 

調律師の友人からも、

「まるで違う楽器だと思って弾けばいい」

と、お墨付きをもらっている。

 

というわけで、どんなに一生懸命練習をしても、先生の前で弾くピアノとは違う楽器を叩いているわけで、練習の成果は出ない。

レッスンが始まると、まずはグランドピアノの浅いタッチにビビること10分。そして音量の幅広さに翻弄されること5分。さらに、先生のピアノは黒鍵の形がなめらかな形状のため、指がしょっちゅう滑り落ちること10分。

そうこうするうちに、レッスンも後半に差しかかるのだ。

 

(あぁ、今日もやっぱり駄目だったか・・・)

 

毎週のことながらひどく落胆するアタシの背後で、玄関のチャイムが鳴った。次の生徒が来たのだ。

未就学児と思しき女児とその母親だが、いつも微妙に早く到着する。まだアタシのレッスン中にもかかわらず、演奏途中のチャイムは自ずと苛立ちと焦りを誘発するものだ。

 

(・・・チッ。どうせなら時間ピッタリか、少し遅刻してこいよ!)

 

悪態をつきながらもバッハの平均律を弾き続けるアタシ。

先生が玄関へ行き鍵を開ける。しばらくすると、女児と母親がドタバタと室内に入ってくるのだろう。あぁ、耳障りだ。

 

それにしてもアタシの演奏はひどい。こうして集中力を乱されたとはいえ、一週間なにを練習してきたんだ?少なくとも、ここはちゃんと弾けるようにしてきたはずじゃなかったのか?

虚しさと失望に押しつぶされながらも、歯を食いしばり最後まで弾ききる。

 

するとなぜか、またチャイムが鳴った。

――あの親子、鍵を開けてもらえなかったのか?なんだってアタシのレッスンの邪魔をするんだ!

 

イライラが爆発したところで、つまり、二回目のチャイムで目が覚めた。アタシは布団の中にいる。そして鳴っているのは、我が家のドアフォンだ。

 

(やばい!応答しないと!)

 

ベッドから飛び起きると、クイズ番組の解答ボタンを叩くかのように、インターホンの通話ボタンをスマッシュした。

 

・・・しかし一秒遅かった。タッチの差でモニター画面は暗転し、荷物を届けに来た佐川急便の兄ちゃんは消えた。

室内からエントランスのモニターを点灯させることはできない。しかもこれは二回目のチャイムなので、もう一度押してくれることはないだろう。

 

(あぁ、宅配ボックスよ、どうか空いててくれ・・・)

 

まったく、寝覚めが悪い朝である。

 

サムネイル by 希鳳

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