諸行無常の水豚あり

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およそ3年前。神奈川県藤沢市内で、ペットとして飼育されていたカピバラが脱走した。

現在は、平塚市総合公園内の「ふれあい動物園」にあるカピバラコーナーで、悠々自適な毎日を過ごしている様子。

 

神奈川新聞によると、当時2~3歳だった雄のカピバラ「カッピー」は、2019年6月頃に飼い主の元から逃げ出した。その後、茅ケ崎市の小出川河川敷に棲みつき、二度の台風をしのいだ後に、西に向かって各地を転々とした。

 

(・・ていうか、どれだけ破天荒な人生を送ってんだよ、カッピー)

 

一度は飼い主の元へ戻されたが、引き取り手として打診を受けたふれあい動物園はそれを快諾。

園内でのカッピーは、天気のいい日は外の運動場で散歩をしたり、お風呂に浸かったりと、自由に伸び伸びと暮らしている模様。

もちろん、カッピーの部屋は暖房完備でぬくぬくである。

 

引き取られたばかりのカッピーは、警戒心の強さから人間を見ると逃げてしまい、飼育員でさえも近づけないほどだった。

しかし今では手渡しでおやつ(葉っぱ)をもらうなど、徐々に信頼関係を築いたようだ。

 

そんなカッピーに憧れたのだろうか。ウチの「カピ」が姿をくらましてしまった。

 

カピの脱走に気付いたのは、本日の昼ころ。

地下鉄に乗車した際、膝の上にリュックを置いて着席したわたし。

(なんと行儀がいいことか)

そしていつもの如く、カピバラのYouTubeに見入っていたところ、ふと手元が寂しいことに気がついた。

 

膝の上にあるリュックのてっぺんに、スマホを乗っけているのだが、そこには飼い犬の乙(おつ)のキーホルダーと、なめし革でできたカピのキーホルダーが付いている。

いつもならば視界の端に、美しい茶色のカピが鎮座しているのだが、今日に限ってそれが見えない。

慌ててスマホを持ち上げると、嫌な予感は的中。

 

(か、カピが居ない・・・)

 

カピと出会って4か月。苦楽を共にしてきた我々に、突然別れが訪れた。

 

いったい、いつから居なくなったのだろうか。昨日はリュックを背負わなかったため、よく分からない。

だがカピが居なければ、室内に置いてあるリュックの違和感に気付くはず。ということは、自宅から地下鉄車内までのどこかで消えたのだ。

 

(――まさか、誘拐された?)

 

なめし革にオイルを塗り、味のある美しいブラウンを放つカピは、目が肥えている人間に狙われたのかもしれない。

そうであれば、責任はわたしにある。歩行中、背後にあるリュックの存在にまで、気を配っていなかったからだ。

 

誰だって、魅力的なカピがユラユラ揺れていたら、つい手を出したくなるもの。

そのような状況を作り出してしまった、飼い主のわたしに責任がある。

 

しかし誘拐でなければ、つまり、カピが勝手に脱走したのであれば、心優しい人間の手により保護されているはず。

最寄り駅構内あるいは地下鉄車内で、カピは捕獲されているのではなかろうか?

 

わたしは早速、駅事務所と遺失物取扱所へ問い合わせをした。

 

「申し訳ありません、まだそのような忘れ物は届いていないようです」

 

そりゃそうだろう。キーホルダーなどという名称で検索しても、ヒットはしない。

ちゃんと「革のカピバラ」とか「カピバラの革人形」といったワードで探してもらわないと。

 

「やはり、そのような忘れ物は・・・」

 

うぅむ、まだ届いていないのか。

明日になればきっと、連絡がくるだろう――。

 

 

こうしてわたしは、突然、恋人にフラれた哀れなオンナのように、完全なる放心状態で帰宅した。

 

(・・虚無とは、まさにこのことか)

 

空っぽの心まま、カピの無事を祈るのであった。

 

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