見た目以上に戦意を喪失するのは、握力を失ったときだ。
わたしは柔術以外の競技(武道)をしたことがないので、あくまで想像の範疇を超えない前提だが、オリンピックの柔道を見ていて思うことがある。
延長戦に入り試合時間がトータル10分を超えたら、選手の握力は瀕死状態だろう。
彼ら/彼女らは苦しさを表情に出さない。よって、どれほど疲れているのかは見ているだけでは伝わりにくい。
そこへ、柔道も柔術も未経験の友人がこう言った。
「まだまだ元気そうだね」
試合時間はトータルでおよそ9分が経過。だが両者とも飄々(ひょうひょう)と組手争いを継続している。
ーーいや、これは体力的にも相当疲れているが、それよりも握力が死んでるだろう。
道着をガッチリ握る競技は、いかに強固なグリップを作るかがポイントとなる。
繰り返しになるが、わたしは柔術しか知らないので間違っている可能性もあるが、柔道のグリップファイトは見ているだけで手が痺れる。
試合を見ながら、選手が深くガッチリ襟を掴むと「よしっ!」と思わず声が出る。
相手も当然、掴まれたくない位置にあるグリップをずらすために、ガクンガクン揺さぶったり、掴まれた腕の上から掴み返したりと死闘が繰り広げられる。
ーーこんなことされたら、心が折れるわ。
実際、柔道上がりの選手に襟を掴まれると、その手をずらすのに決死の覚悟が必要。
逆にこちらが襟を掴もうものなら、鬼の形相で手首を握られ、爪が剝がれる勢いでグリップを振りほどかれる。
もはや恐ろしくて襟など掴みたくない。
そして「握力が死亡するケース」は2パターンある。
一つは、カラーチョークのように襟を使った絞め技を仕掛けているときだ。
襟の深い部分をしっかりと掴めれば、そこまで握力勝負にはならないが、相手もそう簡単には取らせてくれないため、ベストとはいえない深さの襟を掴むしかない。
そこからなんとかカラーチョークをキメなければならず、逃げる相手と絞める自分とで、数十秒から数分間の握力サバイバルとなる。
緩めればチョークはキマらない。だが、キメるにはグリップの位置がやや浅い。
この葛藤のなか、緩められない握力は死亡寸前まで追い込まれる。
もう一つのパターンは、自分がバックチョークなどを仕掛けられた際に、相手の袖を掴んで必死に絞められないように引っ張るときだ。
このときばかりは、相手もわたしを殺す勢いで首を絞める。
殺されるのは一瞬だが、せめて悪あがきはするべき。必死にアゴをずらし、相手の腕の内側にねじ込む。
しかし腕力の強い相手など、アゴの上から容赦なく絞めあげてくるからかなわない。
「なんか恨みでもあるのか?」と尋ねたいほどの圧力で、わたしの頸動脈とアゴと破壊しようとする。
ーーこれが試合だったら、どうするわたし。
今は単なるスパーリング中。とはいえ、これが試合本番だったらどうする?タップするのか?
ーーいや、しない。その前にするべきことがあるからだ。
考え直したわたしは、蓄えているすべての握力を総動員して、フジノの袖を掴んだ。
フジノの腕力は男並み、いや、男以上。こんなもので絞めあげられた日には、頸動脈うんぬんより首の骨が折れるだろう。
ーー残り2分、生き延びよう。
幸い、フジノの腕の内側へアゴの先端を差し込むことに成功。
そしてフジノが「スパーリングだから」と手を抜いてくれるのをいいことに、わたしはサバイバルを試みた。
だがいくら相手が手を抜いているとはいえ、フジノの腕から手をはなしたら全てが終わる。いまは辛うじて小康状態を保てているにすぎず、この手を緩めたらわたしの首はへし折られる。
死の恐怖を乗り越えるべく、わたしは全身の力を指に集めた。
この10本の指で限界まで引っ張るんだ。
フィジカル番長であり人外代表、パンクラスの現役チャンピオン・フジノの腕を、これ以上1ミリもくい込ませないことに注力するんだーー。
ピーッ
5分を告げるタイマーが鳴り響く。
わたしは生き残った。
それと同時に、握力は死んだ。
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