神奈川県・川崎市にあるピッツェリアを訪れた。最寄り駅は武蔵小杉だが、そこからバスで30分の奥地に店があるため、わざわざ出向くには不便極まりない。
だが、はるばるたどり着いた先には、「来てよかった」と思える料理たちが待っているから、文句を言いながらも足を運んでしまうわけだ。
店の名前は「PIZZERIA ROBERTINO(ピッツェリア・ロベルティーノ)」といい、店主は生粋の日本人ながらも「ロベちゃん」の愛称で慕われる、万年ダイエット挑戦者の男である。
飲食業というのは得てして体格がよくなりがち。新たなレシピの開発や、弟子たちの料理のチェックなど、仕事として食べ物を口にいれる機会が増えるからだ。
そしてロべちゃんも例外なく、日を追うごとに恰幅(かっぷく)の良いオッサンに成長していった。
そんなロべちゃんの自信作に舌鼓を打ちながら、私は脇役のバケットがやけに美味いことに気がついた。もっちり感が半端ない。粉の配合でも変えたのだろうか?
「同じだと思うよ」
あっさりと否定され話が終わる。100%国産、北海道は江別製粉の小麦で作られたバケットやピザ生地は、なにもつけなくてもそれだけで美味い。だが今日のそれは、表面のパリッと感と中身のふんわりモチモチ感があふれ出ているのだ。
おかしい、絶対になにかある――。
すると思いついたかのように、ロべちゃんがヒント、いや、答えをくれた。
「もしかすると、焼きたてを急速冷凍させたからかな?」
間違いない、それだ!
ロベルティーノといえば、日本初の本格ピッツァを自販機で販売した店で有名。文句も言わず、24時間しっかりと働いてくれる自販機を、ロべちゃんは大層気に入っている。
その自販機内で待機するは、焼きたての熱々を急速冷凍されたピッツァたち。できたての味を再現できる一番の理由は、この急速冷凍機にあった。
株式会社ツジ・キカイが販売する「ツインパティ」は、ナポリピッツァを愛する社長らが開発した、ピッツァ専用のブラストチラー&ショックフリーザー。熱々のピッツァをマイナス35度まで一気に冷却するため、味の質や鮮度をそのまま封じ込めることができるのだ。
「食べ物はマイナス1度からマイナス5度の間が劣化しやすい。だから、いかにその時間帯を短くできるかで、美味さを残せるかどうかが決まるんだよ」
マイナス1度からマイナス5度までの温度帯を「最大氷結晶生成帯」と呼び、この温度帯を素早く通過することで、品質が保持されるのだそう。公益社団法人氷温協会は、
(前略)水が氷になるときは、約9%の体積が膨張する。食品は脆弱な細胞組織からできていることが多いので、細胞内部の水が凍ると氷結晶によって細胞膜などの細胞組織は体積膨張により物理的な損傷を受ける。また、食品冷凍の初期には、細胞外液が氷になっても、細胞内液が水のまま存在する期間がある。氷の蒸気圧は水の蒸気圧により小さいので、細胞内の水は細胞膜を通して細胞外に逃げ出し、そこで細胞外にできている氷に凝着し分離するが、これも食品の損傷の一原因である。
と説明している。
この「急速冷凍」に関する基本概念の始まりは、1919年にさかのぼる。アメリカ人のクラレンス・バーズアイ(後に「冷凍食品の父」と呼ばれる男)が北極近くのカナダで暮らしていた際に、現地人がマイナス40度の自然界でトナカイの肉を冷凍貯蔵していることからヒントを得て、急速冷凍の開発につながったのだそう。
その技術により、我々は新鮮で高品質な冷凍食品を口にすることができるのだ。
せっかくだから、「ツインパティ」を見学することに。庫内の温度はマイナス35度と表示されている。そこでロベちゃんが、ドアを開けて中を見せてくれた。
「わ!早く閉めて!」
私は慌ててドアを閉めた。なぜなら、表示されている庫内温度がみるみる上がっていったからだ。
「フフフ、大丈夫」
得意気な表情のロべちゃん。すると急にモーター音が聞こえ、庫内で何かが始まったことに気付く。そう、まさにいま急速冷凍が行われているのだ。
保存用の冷凍庫はマイナス25度くらいなので、ツインパティよりも温度は高い。だが熱々ピッツァの旨味を完璧に封じ込めるためには、マイナス35度まで一気に冷やすのがツインパティの任務。
こうして出来上がった冷凍ピッツァやバケットを解凍したものが、いま目の前にあるそれらなのである。
「たぶん、急速冷凍したことでもっちり感が出たんだと思うよ」
焼きたてのピッツァやパンは、その瞬間から乾燥と劣化が始まる。しかし焼きたてを急速冷凍することで、水分を飛ばさずに味や香り、風味を閉じ込めることができる。その結果、しっとり美味しい状態が保たれるのだ。
「むしろ、急速冷凍したほうが美味いんじゃないの?」
「うん、そう思う(笑)」
もしかするとこれからの主流は、出来立てをあえて急速冷凍してから提供する、という食べ方なのかもしれない。
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