スヌーズ機能とやら

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今日は後輩の旅立ちの日。13時までに羽田空港へ向かわなければならない。と、ここで考えた。私は遅刻がデフォルトの人間、よって遅刻せずにどうやったら空港までたどり着けるのか――。

これまでも数々のアイディアを元に、如何にして遅刻を回避するかを試みてきた。だがどれも失敗に終わっている。最もひどかったのは、現地に前泊したにもかかわらず5分遅刻したケース。さらに定時より早く到着したことに気をよくして、おにぎりを食べたりケータイをいじったりしたため、結果として遅刻をしたこともある。

つまり、家を出る時間がどうこうの問題ではないのだ。

 

だが今日に限っては飛行機の時間があるため遅刻はできない。さらには後輩の門出を見送らずして、先輩の名を語ることはできまい。というわけで、これまた恒例となる「前夜から出発の準備を整える作戦」を敢行した。もちろん、靴を履けばすぐさま出かけられる格好をしているので、ベッドで寝ることはしない。ソファへ横になり、スマホとアレクサそれぞれでアラームをセットして就寝。

(・・・緊張して寝つけない)

普段よりも早く目を閉じたため、胸騒ぎに近い高揚感に苛まれる。それらを無視して、起床から出発までのルーティンを繰り返しイメージするうちに、いつしか寝落ちしていた。

 

――そして、朝。

トントンツトトンツトトン…悪魔の太鼓の音で目が覚める。スマホのアラームだ。こいつは本当に寝覚めが悪い。私はすかさずスヌーズを押して目を閉じた。程なくしてアレクサから洒落たジャズが流れてきた。ふむ、これは悪くない。不快な気分どころか海外の高級ホテルのラウンジを彷彿とさせる、非常に気分の良い空間が出来上がっている。

しばらくアルトサックスの音色に聞きほれながら目を閉じていると、次の曲へと移った。今度はサックスに代わりダブルベースがボンボンと響いてくる。これもいい、静かな朝の始まりとしては最高の落ち着きとリラクゼーションを与えてくれる低音だ。

 

心地よいジャズにウトウトしていると、なんとそこへスマホから悪魔の太鼓が割り込んできた。

(キーーーーー!!!)

脳の血管が切れそうなほどの怒りを覚えた私は、悪魔の太鼓を秒殺=停止ボタンを押した。これであの忌々しい音ともおさらばだ。

 

ダブルベースが終わると、次はピアノの出番。クラシックピアノと違ってジャズピアノは独特の音色と遊びがある。クラシックは緊張で始まり緊張で終わるほど、一音一音の鋭さには耐えがたいほどのプレッシャーがある。だがジャズの場合、どこを切り取っても「遊び」が感じられ、自然と体でリズムを取るような自由さがある。そんなマイルドなジャズピアノに包まれながら、私は静かに目を閉じた。

 

リリリリリン、リリリリリン・・・

 

突如、黒電話の音で飛び起きた。そう、最初のアラームから2分後に設定したアラームが鳴ったのだ。実際のところ、私にスヌーズ機能は通用しない。もはやスヌーズを舐めているといっても過言ではない。スヌーズ機能をオンにして、何度目かのスヌーズできちんと起きたことなど皆無。つまり、私にとっては意味のない機能なのだ。

そのための保険として、私は2~3分おきに新たなアラームをセットしている。30分以内に何十件もの目覚ましが予約されているわけで、しかもすべてがスヌーズ機能をオンにしてあるため、アラームを停止しない限りはとんでもない騒ぎとなる。

ここまでしてでも、なんとか起きようという気持ちはあるのだ。

 

イライラしながら再びアレクサのジャズアラームに耳を傾けると、ピアノの出番が終わってしまった。さぁ次はどんな楽器が登場するのかな――。

すると今度は女性ボーカルがハツラツとした声で歌い出した。決して嫌な声でもうるさいわけでもない。ただ、ここまでのおだやかでムーディーな雰囲気が一変するほど、なんというか流れを変える歌声だった。そのとき私は気がついた。

(きっとこれが最後のアラームなんだ・・・)

そう、ここまでの楽器によるジャズがスヌーズで、このボーカルこそが最後のアラームに違いない。半分叫びながらアレクサを止めると、渋々ソファから起き上がる。

 

――この時点で、出発まであと10分を切っていた。

そもそも早めにアラームをセットしたところで、その作戦は見抜かれているため、決して私は起きない。よって、ギリギリで勝負を仕掛けたわけだ。ところがいくつもの難関を突破して今があるわけで、その分、刻々とタイムアップは近づいている。

(あぁ、やっちまった!)

こうなったら大急ぎで準備するしかない。歯を磨き顔を洗い髪の毛を濡らして乾かすと、マスクを片手に家を飛び出た。全速力で駅まで走って電車に飛び乗る。途中の乗り換えも、小学生の男子と競走しながらエスカレーターを駆け上った。自分の足を使う場面はすべて走りに走った。これもすべて後輩の門出を見送るために――。

 

そして汗だくになりながら、羽田空港駅に定時に到着した私。

(やった、間に合った!)

しかし後輩が待つ場所までは、あと数分かかりそうだ。

 

サムネイル by 希鳳

 

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