わたしの相方は、人物像を簡単に表現すると「お馬鹿」に該当する。とにかく国語が苦手で、漢字の読み書きなど絶望的なレベル。しかも、漢字だけならばまだしもひらがなすら絶妙に読み間違えるので、もはや「わざとなんじゃないか?」と疑いたくなるほどの高度なテクニックといえる。
なんせ今日も、店頭に貼られた「謹賀新年」という四文字熟語を見た途端、「しんがきんねん!」と自信満々に口にするのだから、恥ずかしさを通り越して呆れる・・いや、微笑ましく思うのであった。
そんなお馬鹿な相方に、某サウナで起きた死亡事故につてい「もしも自分が同じような状況に遭遇したら、どうする?」という無理難題を投げてみた。
(念のため断っておくが、亡くなられた方を批判したり蔑んだりする目的は皆無であること、また、「こうすればよかった」という後出しジャンケンによるタラレバを述べたいわけではないことを、あらかじめ明確にしておく。)
——その上で、お馬鹿な相方の口からまさかの発言が飛び出した。
「多分、電気サウナでしょ?だとしたらストーブに安全装置がついてるから、横から思いっきり蹴って安全装置を作動させて止めるかな」
これはまさかの発言だった。言われてみれば、たしかに電化製品には「安全装置」なる機能が搭載されており、地震発生時など大きな揺れや転倒に対して電源が自動でオフになる。それを逆手にとって、ストーブの横っ腹をガンガン蹴って電源を止める・・とは、目から鱗を通り越した驚きの発想である。
さらに、
「あとは、電源をつなぐコードが見えているなら、そのコードをどうにかして引っこ抜くとか」
というプランBも発動した。なるほど、壁にピッタリ接していればコードは見えないが、通常ならばサウナストーブは壁から離れて設置されるため、場合によってはコードが見えるのだ。
いずれにせよ、実現可能か否かは別として、サバイバル(どうにかして生き残る)の方向性としては正しい着眼点といえるだろう。
そんな話をしながら、実際に「ドアレバーが取れた」といわれるドアの画像を見ていたところ、
「え! これなら俺、開けられる気がする」
などと、突拍子もないことを言い始めた。無論、相方は鍵屋でもなければピッキング犯でもない上に全裸かつ道具もない状況下で、一体どうやってレバーの取れたドアを開けるというのか。
「もしも真ん中に棒が残ってたら、それを回せばラッチが引っ込む。棒がドアレバーと一緒に落ちてたら、とりあえず全力で穴の辺りを蹴ってラッチを破壊する。あれ、じつはそこまで強力にできてないから」
相方の言っている「棒」というのは「角芯棒」と呼ばれる四角い棒で、ドアレバーをひねることで四角形が回転する。それにより、ラッチを押しているバネが縮まりドアの開閉が可能となる。
要するに、ドアをが閉まった状態というのは「ラッチがバネで押されている状態」で、ラッチ自体の強度は大したことがないので、外れたドアレバーの跡を思いっきり蹴りづつければ、ラッチボルトが曲がるか折れるかラッチケースがぐらつくかする可能性がある・・と予想したのだ。
ドアの大部分がガラス製かつドアサッシがステンレス製だとすると、つい「ガラス部分の破壊」に意識が向きそうだが、サウナで使用されるガラスは耐熱性に優れた強化ガラスのため、全裸かつ無防備な人間の力での突破は困難極まりない。だが、指一本分程度のラッチボルトならば、ワンチャン破壊できる可能性がある——。
それにしても、なぜそのような考えに至ることができたのか——いかんせん、「しんがきんねん(謹賀新年)」などと自信満々に誤読するお馬鹿さんが、どうしたらそんな具体的かつ実現性のある方法を提案できるのか、それこそが最大の謎だった。
ところが、それに対する答えは意外にも簡単なものだった。
「俺、自分でサウナ作ったからそう思っただけだよ」
——なるほど。一から己の手で作り上げたからこそ、サウナストーブの機能やドアのラッチについて把握していたのか。
*
実際にトラブルに見舞われた際、どこまで冷静に考え実行に移せるのかはその時になってみなければ分からない。
そして、いつだって外野は無責任に勝手なことを言うが、当事者以外に事件を語ってはならない・・と、個人的には思っている。なぜなら、自分が当事者だった場合に、やはり他人の憶測で勝手な感想を述べられたくはないからだ。
そんなわけで、いつ終わるのか分からない人生について、なんとなく考えさせられる大晦日なのであった。




















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