澤囲(仮名)の髪形が、今までになくいい感じにカットされていたことに、わたしは驚きを隠せなかった。
究極のミニマリスト、言い換えれば”極度の無頓着”こそが代名詞である彼にとって、ヘアスタイルに気を使うとすれば「髪の毛が邪魔だから」か「職業柄、清潔感が必須だから」の二択。そして今までは、スポーツ刈りをさらに短くしたような、例えるならば部活動に勤しむ学生風の髪型を貫いており、お世辞にもオシャレとは言えない・・むしろ、実用性に全振りしたヘアスタイルがトレードマークだった。
そんな澤囲の髪形に、異変が起きたのである。
「髪型どうした?カッコいいじゃん」
いつもながらの”部活動風”ではなく、やや長めに残した頭頂部へ続くサイドおよびバックからの見事なハイフェード。これは明らかにイマドキのヘアスタイルであり、顔面を隠したらどこのオシャレ男子かと思うほど、イケてる髪型ではないか。
(今までは千円カットだったのを、美容室に変えたのかな?)
当然ながら、この変貌ぶりは担当スタッフが変わった・・いや、床屋からヘアサロンに変えたかのような、実用性からファッションへと180度舵を切る展開である。
ところが、そんなわたしの予想を裏切るべく「いつもの床屋でいつもの理容師にカットしてもらった」とのこと。いやいや、いつもと同じならばこうはならないだろう——いったい何が起きたんだ?
「じつは今回、おまかせにしたんですよ」
はにかみながら澤囲はそう語った。なるほど、理容師の実力がコレってわけか。
詳細を追究したところ、どうやら今までは「髪の毛がつまめないくらいの長さにしてほしい」というオーダーでカットをしてもらっていた様子。
たしかに、彼の趣味である柔術をする際に、髪の毛が長いと邪魔であるだけでなく、踏まれたり引っ張られたりすれば痛いし抜けるし不利となる。そういったリスクを排除するべく、「つまめないくらいの長さ」に揃えるのは得策。
とはいえ、10センチ以上あれば別だが、わずか数センチの髪の毛がリスクになるとは思えないので、ここはミニマリストたる所以なのだろう。
そんな彼が、どんな心境の変化か「おまかせ」でカットしてもらったところ、驚くほどカッコいい髪型を提供されたのだ——ていうか、当たり前である。
言うまでもなくプロの目は節穴ではない。加えて、培われた技術力というのは素人が想像する以上のレベル。さらに、数え切れないほどの髪の毛をカットしてきた経験値と、それによって磨かれたセンスの賜物が、今そこにあるキミの髪形なのだから。
要するに、「素人が余計な口出しをするな」ということだ。ヘアサロンへ一歩足を踏み入れたら、あとは黙ってプロに委ねればいい。あえて一言付け加えるならば、「自分に似合う髪型にしてください」と伝えるくらいか。
髪型というのは、自分が思っているほど「この髪型にしたい!」が似合わないものである。なぜなら、最終的に自分を見るのは他人であり、他人の評価こそが自分を反映しているからだ。
ならば、他人の代表であり見た目のプロであるヘアスタイリストから見て、ベストな髪型にしてもらうのがいいに決まっている。よって、自分の都合などどうでもいい。そんなちんけなこだわりよりも、周囲から「かっこいい」「似合ってる」と言われる髪型にしてもらうことのほうが、よっぽど重要なのだから。
そしてこれは、法律の専門家である澤囲本人も痛感した様子。素人の浅知恵というか、ネットやAIで聞きかじった知識を盾に弁護士と渡り合おう・・などという、愚か者の末路がどれほど悲惨であるかを知っているからこそ、プロに委ねることの重要性を彼は熟知しているのだ。
(それにしても、澤囲を担当した理容師は、ここへきてようやく本領発揮できたんだろうな・・)
周囲の者から髪型を誉められ上機嫌の澤囲を見つめながら、その”作品”を作り上げた理容師の笑顔とガッツポーズを勝手に想像してしまうのであった。




















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