幸か不幸か、人前で歌う機会に恵まれた(?)わたしは、久しぶりにカラオケボックスへとやって来た。
しかし今どきのカラオケ店は、ほぼ無人状態でチェックインと精算ができることには驚いた。
入店したら、カウンターにあるタブレットで人数と時間をタップ。すると、部屋番号が記された伝票が発行されるので店員から受け取る。
帰りは自動精算機で伝票を読み込ませて、キャッシュレス決済で終了。
つまり、伝票を受け取る場面でしか人間と会話をしないため、このままいくと近い将来、本当に無人のカラオケボックスが誕生するかもしれない。
まぁそれはいいとして、わたしはとにかく「練習しなければならない曲」ばかりを繰り返し予約した。限られた時間の中でたくさん練習するには、こうせざるを得ないからだ。
当たり前だが、ストレス発散や気分転換にカラオケボックスへやって来たのではない。恥をかくにしても最小限にとどめるべく、歌の練習に来たのだ。
ゆえに、一秒たりとも無駄な時間を費やしたくないと思うのは至極当然のこと。
だがなぜか、カネを払わせるために一緒に連れて来た友人が、なにやら余計なボタンを連打している。不思議に思い画面を見ると、それはなんと「採点機能」のボタンだった。
「アホか!!!なに押しとんじゃ!!!」
失態を晒したくない一心で、真剣に練習をしに来たわたしは、腹の底から大声で怒鳴った。ついでに頭も引っ叩いてやった。
ライブで歌うには、バンドの演奏との「呼吸」が重要であり、本来の楽曲通りのフレーズやリズム、歌い方である必要はない。その場でアレンジするも良し、雰囲気やノリに合わせて展開するも良し。それこそが臨場感あふれるライブの醍醐味といえるだろう。
だからこそ、採点機能などまったくもって無意味なのだ。画面上にチラチラ登場する音程バーやビブラート、こぶしなどの加点対象アイテムは、純粋に歌を練習したい人間にとっては、集中力を途切れさせるための邪魔な要素でしかない。
しかも曲の終了後、30秒ほどの採点時間がくっ付いてくるわけで、その無駄で無意味な時間が許せないのだ。
(あぁ、そんなくだらないお遊びで喜びたいのなら、隣りの部屋で勝手にやってくれないか!?)
それでも友人は、頑なに採点機能を使って自分の歌を採点し始めた。
無論、わたしの歌も勝手に採点されるため、頼んでもいないのに機械に点数をつけられ、歌の講評をされるのだった。
とはいえ、百歩譲って友人の歌が上手ければ我慢できる。カネを払うのは彼女だし、5曲に1回の割合で暇つぶしに好きな歌をうたうことくらい、我慢してやろうじゃないか。
ところが、まぁなんというか明言を避けるが、控えめに言っても下手なのだ。ハッキリ言うと、ものすごく下手なのだ。
そしてたちが悪いことに、本人は「まんざらでもない」と思っているのである。
その証拠に、自身が歌っている最中に音程バーが赤くなると、
「いま音はずれてないよね?なんで赤くなったんだろ?」
などと、明らかに音を外しているにもかかわらず、採点機能のバッシングを始める始末。
あげくの果てには、画面にデカデカと打ち出された低い点数を見ながら、
「アタシ、そんなに下手じゃないよね?」
と、目と耳を疑う発言を連発。もちろん、嘘をつけない性格のわたしは、彼女を傷つけないようにノーコメントとしながらも、
「ただ一つ言えるのは、いつも通りということだけかな」
と言って、うやむやにするしかなかった。
とにかく、少しでも多く練習がしたいわたしは、採点機能を「オフ」にする必要がある。
実際のところ、機械に採点してもらたところで何の参考にもならない。仮に100点を出したとしても、感動もなければ誇らしい気持ちにもならないわけで。
そんな友人の「おもちゃ遊び」を飽きさせるべく、わたしは彼女と同じ曲を選んで採点することにした。
わたしの歌が上手いわけではないことは、言うまでもない。贔屓目にみてもごく普通。だが、「下手」と「普通」の間には、多少なりとも点数差はあるだろうから、それを見て彼女が「つまらない」と思ってくれたらそれでいい。
おとなしくそこで仕事でもしていてくれれば、それこそがベストで有意義な時間の使い方といえるからだ。
ところがこの試みは、恐るべき逆効果となった。
「じゃあ次はこれを歌ってみて!」
「この曲しらないの?じゃあアタシが歌うから覚えて歌ってみて!」
自分の点数が低かろうが、わたしに点数で負けようが、彼女にとってはどうでもいいことだった。むしろ、自分の好きな歌をわたしにも歌わせることで、二度おいしい状況となってしまったのだ。
こうしてわたしは、馴染みのないアニソンやドラマの主題歌を延々と歌わされる羽目に。
その結果、「自主練をするならば、やはり一人で行うべきだった」と、数時間後に気付いたところで後の祭り。
振り返れば、ただ単に「カラオケを楽しんだだけ」という構図で、無駄に数時間を費やしたのであった。
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