デキちゃったこ〇

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わたしの額にデカいコブができた。

だがこれは名誉の負傷であり、むしろ誇らしく思っている。それどころか、人生の転機を導く"アイテム"となる可能性もあるわけで、これは怪我ではなく天の啓示に近いものかもしれない。

 

 

わたしは、趣味で「ブラジリアン柔術」という競技を行っているのだが、「ぜんぜん痩せなーい」とか言いながらスナック菓子をボリボリ食っているおデブちゃんに告げる。もしも短期間で楽しく痩せたいならば、すぐさま柔術をするべきだ。

なぜなら、これだけ暴飲暴食を繰り返すわたしが、ある程度のフォルムでとどまっている理由が、紛れもなく柔術による運動量のおかげだからだ。

 

ちなみに、競技の内容は"寝技と関節技を駆使した一本勝ちアリのポイントゲーム"といったところ。よって、柔道やレスリングのように立った状態でバチバチやり合う時間よりも、まるで昼寝でもしているかのようにゴロゴロ寝転んだ状態のほうが長いという、見るからにラクそうな競技である。

 

そして今日、わたしは久々に顔を合わせた矢吹丈(仮)と、スパーリングをする機会に恵まれた。大勢のオトコの中で、ふと目が合った彼に対してわたしは、

「久しぶりですね。次、スパーリングお願いします!」

と心の中で呟いた。すると矢吹丈はニコっと微笑みながら、

「えぇ、もちろん。よろしくね!」

と返してくれた。柔術のいいところは、こうやって口にせずとも以心伝心できるところだ。目は口程に物を言う・・とは正にこのことである。

 

わたしはマットに正座し、矢吹丈が正面に座るのを待っていた。だが、いつまで経っても彼はこない。

(あれ?どうしたんだろう。間違いなく目で合図を送ってくれたはずなのに・・)

不安を感じたわたしは、キョロキョロと周囲を見渡した。すると遠くの方で、矢吹丈の後ろ姿を発見した。——え、なんで無視されてんのアタシ・・・。

 

「ごめん、ごめん。久しぶり!って挨拶してくれただけかと思ったんだ」

まぁ確かに、口に出してスパーリングの申し出をしたわけではないし、以心伝心はわたしの勝手な思い込みだったのだ。

 

何はともあれ、気を取り直して矢吹丈とのスパーリングが始まった。ちなみに、いくらガタイがいいとはいえわたしはオンナである。それでもガツガツと向かってくる、自己中心的なオトコがいるのも事実。これがプライベートの話ならば大歓迎なのだだが、スパーリングにおいてはノーサンキュー。

だがこの矢吹丈は、さすがにそんな下衆なことはしない。相手に合わせた無理のない動きで対応してくれるため、わたしも安心して身を委ねることができるのだ。

 

——矢吹丈は座っていて、わたしは立っている。

そこでわたしは、矢吹丈の道着の襟とズボンの裾を掴むと、勢いよく彼の左横へと飛び込んだ。しかし、彼もその動きを察知しており、頭を低く下げてわたしの動きを封じた。

(ぬぅ・・。ならば、さらに頭を低くして懐へねじ込んでやろう!)

このままでは道が開けないわたしは、さらに体勢を低くして矢吹丈のアゴの下へ頭を突っ込んだ、その瞬間——。

メリッ!と、鈍い衝突音が響いた。それと同時に、矢吹丈は顔色を変えて

「だ、大丈夫ですか?!すみません!!」

と叫んだ。

 

なんと、彼の右膝がわたしの額に激突したのだ。総合格闘技でいうところの「膝が入った」というやつだ。

内心、わたしを憎く思っていた可能性は無きにしも非ずだが、間違っても「わざと」膝を入れたわけではない。なぜなら、あれほどスムーズかつ軽快に膝を蹴り上げることなど、狙ってできることではないからだ。

 

わたしは、左手で彼のズボンを握りしめたまま、右手で蹴りの入った額を押さえた。

 

昔から「手当て」という言葉があるように、人間の手のひらには不思議な力が宿る。とくにわたしの体は、患部をしっかりと押さえて20秒ほどすると、ほとんどの痛みが消失する仕組みになっているのだ。

そのため、じっと蹲(うずくま)りながら額で起きている災害の鎮圧に努めた。

 

「大丈夫ですか?!」

泣きも笑いもせずに丸まっているわたしに向かって、矢吹丈は不安そうに声をかける。大丈夫だから、今はそっとしておいてくれ——。

「冷やすやつ、持ってきましょうか?」

近くで見ていたオトコが、気を利かせてそんなことを言うもんだから、しぶしぶ顔を上げたわたしは一言、

「大丈夫。もう少しでよくなる」

と告げて、再びマットへと突っ伏した。

 

・・じつはこの時、わたしは非常に誇らしい気持ちで満たされていた。なぜなら、矢吹丈の膝が動いた瞬間に「このままでは左目に直撃する!」という危険を察知し、瞬間的にオデコを膝に当てたからだ。

(読んだことはないが)気分は"キャプテン翼"である。まるでヘディングを決めるかのように、勢いよく飛んでくるボール・・いや、膝に向かって、思いっきり頭を振ったのだ。

もしもこの動作が遅ければ、彼の膝はわたしの左目に直撃していたかもしれない。だが大切な目を守るべく、わたしの中で"野生"が目を覚ましたのだ——。

 

惚れ惚れするような見事なフィニッシュを決められたことに、わたしは心の底から達成の喜びを感じていた。

(やった!やったぞ!ものすごい速さで目を守ったぞ!!)

・・そんな湧き出る興奮を抑えながら、わたしは額を押さえていたのである。

 

 

案の定、20秒後には通常運転に戻ったわたしは、そのままスパーリングを続けた。その後、額に触れるとそこにはデカいコブができていた。

 

どうせ前髪で隠れるから、コブなんてあってもなくても同じなわけだが、膝を入れてしまった張本人である矢吹丈は、オロオロしながら謝罪を口にするばかり。そこでわたしは、

「そうだなぁ・・そしたら、こんな傷物のわたしでも嫁にもらってくれるいいオトコを、責任持って探してください」

と、無理難題・・ではなく非常に簡単な条件を提示した。すると、それを聞きつけた周囲の人間たちが「こんなにいっぱいいるじゃないですか!」「誰がいいですか?選びほうだいですよ!」と、完全に他人事のノリで煽り始めた。

 

そこでわたしは、近くに立っている二人のオトコを指名した。その名は「野武士(仮名)」と「東野(仮名)」だ。二人が独身かどうかは知らないが、なんとなく独り身なんじゃないかということで、堂々と選んでやったのだ。

周囲は大喜びで祝福してくれたが、当の二人は決してわたしと目を合わせず、完全に聞こえないフリを貫いていた。まぁ、こんな大勢の前で婚約発表などされたら、そりゃ照れるわな——。

 

しかし、極度の照れ屋と思われる二人は、お互いに譲りあったり別の後輩になすりつけたりと、まるでわたしを押し付け合うかのような激しい戦いが繰り広げられていた。

(・・おい、てめーら。未来の花嫁が目の前にいるのを、忘れてるんじゃねぇだろうな?)

 

そんなこんなで引き取り手が現れないまま、わたしは一人寂しく帰宅の途に就いたのである。

 

 

「今日は、せっかくスパーリングに誘っていただいたのに、怪我をさせてしまいすみませんでした。反省です。」

帰宅後に、矢吹丈からメッセージが届いた。さらに、

「場合によっては、愚息を差し出す覚悟でおりました。」

と綴られていた。

 

これを読んだわたしは、腹を抱えて笑うと同時に、「もしや、千載一遇のチャンスなんじゃないか?」と目を光らせた。

この勢いで、矢吹丈を使ってあらゆる独身のオトコをかき集めてもらえば、わたしがウエディングドレスを着る日も近いのではないか——。

 

おまけに、もしも道場でこの話をしたならば、

「矢吹丈、早まってはダメだ!息子さんの代わりにオレが・・」

という感じで、オレもオレも・・と婿候補が現れるかもしれない。そうなれば選び放題なんじゃ——。

 

 

額のコブを冷やしながら、わたしのニヤニヤは止まらないのである。

 

サムネイル by 希鳳

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