私が思うにポールはゲーマーだ。
仕事のことすらゲームに置き換えてしまうほど、頭の中はゲームでいっぱいなのだから。
「テトリスみたいに仕事が降ってくる」
普段から会話がかみ合わないポールが、初めて私にも伝わる表現をしてきた。
これは非常にイメージが湧く。
あまりにも良い表現だったため、
「テトリスみたいに仕事が降ってくるんだってさ」
と友人に話すと、
「テトリスは終わりがないから8時間はやってたな」
「え?クリアしたよ、私」
と、こちら側でかみ合わない会話となった。
これのこと?と、友人からテトリスの動画が送られてくる。
そのBGMを聞き、これだ!と私はひざを打った。
どうやら私がやっていたのはテトリスのBタイプというモードで、レベルが0から9までありハイスコアを競うもの。
友人がやっていたのはAタイプで、ブロックが天井に詰まるまで永遠にやり続けるモード。
流れていた「曲」で気が付いたのにはワケがある。
Aタイプは、テトリスのBGMの代名詞でもあるロシア民謡「コロブチカ」。
コロブチカを知らなくても、テトリスの曲であることは誰もが分かるであろうメロディー。
そして私が好んでやっていたBタイプは、誰の曲かは知らないがツェルニーとチャイコフスキーを混ぜたような、ロシア民謡風のBGM。
(なお、Cタイプはバッハと思われる曲調だった)
ロシア民謡風のリズミカルでメロディアスなBGMは、テトリスというゲーム以上に私の耳と脳を刺激するもので、かなりの時間が経過した今でも当時を鮮明によみがえらせる。
ちなみに私のテトリスは、ブロックをラスト1段まで適当に積み上げたところからスタートする。
もちろんほぼ即死だが、上手くいったときの達成感は小学生ながらもアドレナリン全開だった。
「そういえば裏モードみたいのがあったな」
友人が何かのサイトのURLを送ってきた。
そこにはゲームボーイ初期のテトリスで、「ハートモード」という瞬殺モードがあると書かれている。
そしてハートモードのクリア動画も付いてきた。
この裏モードの記憶がないので、私はやったことがないのだろう。
ゲーム起動時点に十字キーを操作し、ハートモード(実際はハイスピードモードと言うべきか)に突入。
ブロックの落下速度が尋常じゃないことは一目瞭然だが、友人は当時すでにこれを楽々クリアしていたわけで、さすが小学生プロゲーマーとしてサラリーマンから金を巻き上げていただけのことはある。
このハートモードのクリア画面を見て、というより、クリア画面のBGMを聞いて、ふとポールを思い出した。
過去にポールがこう言った。
「アイネ・クライネ・ナハトムジークは悲しい曲だ」
ーーアイネ・クライネ・ナハトムジーク
言わずと知れたモーツァルトの代表作であり、軽快なリズムで疾走感あふれる曲調のセレナード(小夜曲)。
耳に残るキャッチーなメロディーによる主題を経て経過部に移る。
経過部は平和で愛らしく、その後音階を上がるように緊張感を増して第2主題へと入る。
そして最後は第1主題のモチーフを拡大した形で力強くコーダを迎えて終わる。
これこそがテレビCMや映画、電車の発車メロディーにまで多用される、かの有名な第一楽章。
(このセレナードのどこに悲しい要素があるというのだ)
そこにはポールの悲しい過去が関係していた。
ポールはその昔、パイロットを目指し航空大学校を受験した。
年齢制限ギリギリまでトライするも、学科は毎回クリアするのに航空身体検査を突破できず、とうとう受験資格を失った。
そんなラストチャンスの不合格の帰り道、彼は近所のゲームセンターで、パイロットのシミュレーションゲームにコインを入れた。
失意のどん底にいるポールだが、魂の込もった完璧な操縦桿(そうじゅうかん)さばきを披露し、全ステージをクリアした勇者にしか拝むことのできない貴重なエンドロールにたどり着く。
もう二度とパイロットにはなれないーー
溢れ出る涙の向こうで流れるエンドロールのBGMこそが、モーツァルトの名曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」だったのだ。
*
人は誰しも思い出の曲や歌があるだろう。
私がテトリスのBGMを聞いて懐かしいと感じたように、一般的には明るく楽しい曲であったとしても、その人にとっては辛く悲しい過去を呼び起こす場合もある。
ゲーマーの端くれ、テトリス・ポールに幸多からんことを。
Illustrated by 希鳳
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