飲食店を経営する顧問先の総会に出席するべく、わたしは石神井公園内のとある施設へと向かった。
わが人生において、実家よりも東京での生活のほうが長くなった現在だが、考えてみると”石神井公園”という公園を訪れるのは初めてのこと。それどころか、都内にある有名な公園・・たとえば、駅名になっているような公園に足を運んだことは、ほぼ皆無といえるくらい公園とは縁のない生活を送ってきた。
ちなみにわたしは、石神井公園駅自体は日頃から利用しているが、まさか本当に「公園」があるとは思っていなかった。学芸大学駅のように、昔はそこにあったが今はもうないあるいは移転している系の駅名だと、勝手に思い込んでいたのだ。
なぜなら、慶応井の頭線の「井の頭公園」や、東京メトロ千代田線の「代々木公園」、東急バスの「駒沢公園」など、公園と名の付く駅はおよそ駅の近くに公園があり、なんなら改札やバス停に着いた時点で公園が見えるもの。
ところが、石神井公園は駅周辺をウロウロしたところで、公園の「こ」の字も見あたらない。しかも、駅名になるほどの有名な公園ならば、「石神井公園はこちら!」というような目立つ案内があってもよさそうだが、周辺地図はあれど来園者の誘致にはさほど力を入れていない様子。
(昔はデカい公園だったけど、今では城址みたいにこじんまりとしてるのかな・・)
——なにはともあれ、総会が開かれる”石神井公園ふるさと文化館”を目指して、南西方向へと歩き出したのである。
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Googleマップに誘導されながら、落ち着いた街並みときれいに舗装された道を進むわたし。それにしても、道路沿いの民家がしっかりと手入れされており、景観が保たれている印象だ——。
練馬区の住民税総収入額は、23区内でも上位(直近4位)に位置する。さすがに、世田谷区や港区に比べると控え目ではあるが、人口の多さ(23区内で2番目)が税収を支える鍵となっており、豊かなまちづくりが可能なのだろう。
しかもそれだけではない。練馬区の住民は文化や環境への意識が高く、行政のみならず個々の取り組みが光っているのだ。その証拠に、石神井公園へ続く通り沿いの邸宅は、塀や生垣が見事に手入れをされていて、資金的な潤いだけでなく心のゆとりすら感じるのであった。
(ツツジがまん丸に刈ってある・・)
2010年代に行われた再開発事業により、街全体がリニューアルした石神井公園駅周辺。都市計画が功を奏した代表例といっても過言ではないほど、美しく整えられた街が、美しく豊かな心を持つ人々を育てたのかもしれない。
・・そんなことを思いながら、いよいよ公園の入り口へとたどり着いた。目的地である「石神井公園ふるさと文化館」は公園の奥のほうなので、ここで食糧を調達しておかなければ飢餓状態に陥る可能性も——。
するとタイミングよく、個人で営んでいるであろうカフェとケーキ店が現れた。しかも、これまた練馬区らしい対応というかなんというか、「近隣のケーキ店で購入された商品を、店内で召し上がれます」と書かれた紙が、カフェの店頭に貼られているではないか。
(港区ならば、とてもじゃないがこんな人情味のある対応など、できっこない・・)
小さな個人店同士、手を取りあって仲良くやっていこうじゃないか——そんな温かな地域性に触れたことで、”利己的な銭ゲバ集団”と陰口を叩かれる港区民たるわたしは、どこかほっこりと和むのであった。
ならば・・ということで、「洋菓子一筋30年、大阪府洋菓子協会主催のクリスマスケーキコンテストで、ブッシュドノエル部門優勝」という、輝かしい経歴のシェフパティシエが作るケーキとドーナツを購入した。
そして、ケーキといえばコーヒーが付きもの。パティスリーを出ると、その足で隣のカフェへ入り、ドリップコーヒーをテイクアウトした。
ところがこのカフェ、単なるコーヒー店ではなかった。練馬の野菜や果物を使った農福連携や就労支援に加えて、こども食堂の実施やカフェの一部をレンタルスペースとして貸し出すなど、地域のつながりを大切にしている店だった。
(ほんと、こういうところが練馬区らしいんだよな・・)
「美しい街並み」とか「環境が保全されている」というのは、単に税収の多寡によるものではない。そこに住む地域住民の意識の高さと、興味・関心度合いに左右される部分が大きいのだ。
自分が住む土地なんだから、誰にでも自慢できるような素敵な街にしたい——そんな思いが、道を歩いているだけでも伝わってくるのが、練馬区であり石神井公園付近の住民なのである。
(輝いている自分にしか興味のないシロガネーゼたちに、練馬区民の爪の垢を煎じて飲んでもらいたいものだ・・)
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