23時40分、突如、マンションのインターフォンが鳴った。一人暮らしの女性宅に、このような時間に誰かが訪れることなど、通常はあり得ない。だが何が起きてもおかしくないのが、東京という魔窟である。
恐る恐るインターフォンを覗くと、そこには美魔女の姿が——。
魔女という人物が具体的にどんな悪さをしてきたのか、わたしはあまりよく知らない。ただなんとなく、悪者のイメージが強いので、人間にとってはそれなりに恐怖の対象となる存在なのだろう。
その魔女の中でも、奇跡的な若さと美しさを保つ"美魔女"が近所に住んでおり、魔力を伏せた状態で人間界での生活を満喫しているのである。そして気まぐれに、飢えるわたしへ食糧を届けてくれるのだ。
こうなると魔女というのは、心優しい聖母でしかない。つまりわたしにとって魔女とは、貧困にあえぐ底辺の人間へ手を差し伸べる、人知を超えた神のような存在なのだ。そこへ若さと美貌が乗っかっているのだから、彼女こそが魔女の女王といっても過言ではない。
そんな美魔女王が、こんな深夜に突如、わが家を襲撃したのだ。さらに、インターフォン越しに家来の姿がチラリと映ったが、猛者どもに混じって、その辺のオトコよりも明らかに強い僧帽筋クイーンが混じっているではないか。他にも、政府関係者や錬金術師と思しき人物を引き連れている模様。
極秘情報ではあるが、わが屋には武器がある。だがさすがに、こんなところでドンパチやらかすわけにはいかない。しかも、魔女軍団がこれほどまでに強力な布陣を敷いた理由が分からない。なんせ、脅したところで金目のものはわが家には皆無。わが家どころか、銀行口座も横流しの生活を送っているため、なにをどうひっくり返しても収穫は得られない。
そんなことはとうの昔に理解しているはずだが、それなのになぜわが家に押し入ろうとするのか——。
念のため軽くトイレを掃除すると、手の届くところへ武器を置いた。——よし、これでどちらへ転んでもぬかりはない。
・・ピンポーン
いよいよ魔女軍と対峙する時がきた。ここまできたら正々堂々と勝負するしかあるまい。
「ウーバーイーツでぇす!」
美魔女とその手下が、クリスマスカラーの紙容器に詰められた手製の肉料理とシャインマスカットを差し出してきた。まさかの襲来は、豪華な手料理を配達するためだったのだ。
どうやら、近所でパーティーをした際の料理の一部を届けに来てくれた模様。・・いや、わたしは残り物で十分である。そもそも大勢が集う場所を避ける習性のため、どれほど勧誘を受けても二つ返事で断るのが常。そのため、もはや誰もわたしを誘うことはなくなった。
それでも気のいい友人は「・・・があるけど、来ないよね?」という業務連絡だけを、いまだに続けてくれているのだが。
「トイレ借りてもいい?」
一味のひとりが、尿意を催している旨を申告してきた。よしっ!こうなることを想定して、ササっとトイレ掃除をしておいて正解だった。なんせわが家が、玄関のドアを開ければそこはトイレなのだ。よって、外履きのままトイレに入室することが可能。
なんなら、リビングの手前までは外履きで侵入しても問題はない。わたしも普段からそうしているため、室内だが屋外の延長という認識でわが家は成り立っているのである。
そして尿意を催した人物は、わが家に踏み込むと同時にトイレへと踏み込んだ。多分、入室一歩目でトイレに入れる間取りの家など、わが家くらいではなかろうか。
・・同じフロアの居住者への迷惑など顧みず、しばらくワイワイ会話をすると、美魔女軍団は去って行った。そして一人残されたわたしは、すぐさまアルミホイルを破り開けると、手作りミートローフと手作りチキンにかぶりついた。
(——うん、圧倒的な美味さだ!!!)
やはり持つべき友というのは、近所に住む料理上手に加え、気の利く美魔女である。
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