西日暮里駅で遭遇した老人の目論見

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(これはわたしが悪いのか・・・?)

静かに振り返りながら、床に転がる老人を見下ろした。

 

 

今から数分前、わたしは千代田線からJR線に乗り換えるべく、西日暮里駅で乗り換え専用の改札を出た。

西日暮里駅など、余程の用事がない限り利用することのない場所のため、どの車両で降りたら乗換に便利なのか、駅構内がどうなっているのかなど、知らないことだらけだった。それでも、西日暮里駅は想像以上に近代的で活気にあふれていた。

 

ここ最近でもっとも驚いた駅構内といえば、断トツで立川駅だろう。改札内で一日つぶせるほど、超充実したフロア設計だったからだ。

カフェも何店舗かあり、紀伊国屋や成城石井といった高級スーパーもある。おまけに中華料理店やパン屋もあるし、小さな本屋まで存在する。もはや完璧なラインナップであり、これならば改札を出なくても十分楽しめるわけだ。いや、むしろ改札内のほうが混雑しておらず過ごしやすいのかもしれない。・・立川駅、サイコーじゃないか!!

 

ちなみにちょっと別の視点だと、高輪ゲートウェイ駅も一日を費やせるつくりだった。なんと、駅構内にストリートピアノが設置されているのだ。

ヤマハのアップライトピアノの表面に、メッセージが書かれたカラフルな子どもの手形が、花や螺旋状に美しく貼られてある。一人5分程度と注意書きはあるが、わたしがふらっと立ち寄った時には誰もいなかったので、勝手に何曲も弾かせてもらったわけだ。

 

ホーム階のさらに上、二階というよりは三階くらいの高さにあるコンコースは、天井が高すぎるほど開放的で、駅というよりは美術館や文化施設の様相を呈していた。そして同じフロアにはスタバが入っており、コーヒーも飲めるしピアノも弾けるという、まさに芸術鑑賞にはもってこいのスペースとなっていた。

「ならば、昼寝をしたくなったらどうするんだ?」

チッチッチ、心配無用である。コンコースにはスタイリッシュで都会的な「ベンチ」が設置されている。そこでゴロンと大の字になっていれば、すぐさま駅員につまみ出されることだろう。

 

というわけで、都内の駅構内はより過ごしやすい空間へと変化しつつあるのだ。そして西日暮里駅もご多分に漏れず、開放的なコンコースにはカフェやポップアップストアがあり、路線としてはJRに千代田線、さらには日暮里・舎人ライナーまで接続できる便利さからも、多くの利用客に愛されているわけだ。

そんな西日暮里駅で、山手線へ乗り換えようとしたわたしは、正面から向かってくる一人の老人に目が留まった。通勤ラッシュと見間違うくらいの人混みにもかかわらず、その老人の姿、いや、歩き方に違和感を覚えたわたしは、とある一つの覚悟を決めたのだ。

 

(アイツはわたしにぶつかってくる、絶対に!)

 

体を強張らせて、リュックや手荷物をギュッと握って力を込めている男を、たまに見かけることがある。アレは、ぶつかる気満々の非リア(現実の世界が充実していない、可哀そうな人間の総称)だ。

その男をしばらく追えば十中八九、か弱い女性に体当たりするから間違いない。なぜわたしじゃないのか疑問に思ったことがあり、ぶつかられてもいいようにわざわざソイツの正面へ移動して、何度もすれ違った経験がある。それなのになぜか、わたしとすれ違うときにはまったく興奮しておらず、スーッと冷めた顔で通過するから腹が立つ。

 

ところが今、目の前に獲物が現れた。アイツは間違いなく、このわたしにぶつかろうとしている。とにかく分かるのだ、これは絶対に起きる未来である。

そこでわたしは、素知らぬ顔でその老人の進行方向へ入ってやった。着実に一歩ずつ、奴が近づいて来る。あと二歩、一歩・・・。

 

スマホに夢中なフリをしていたわたしは、うつむき加減に老人の靴先を確認した。そして奴が勢いよく左足を踏みこみ、わたしの左肩へ全体重を乗せてぶつかろうとしたその瞬間――。

わたしは、視線を変えずにスッと左肩を引いた。ちょうど、ヒト一人が通過できるであろう空間を作ってやったのだ。

すると案の定、思いっきり肩透かしを食らった老人は、ものすごい勢いで地面へと転んだのである。

 

 

わたしが老人にぶつかって転ばせたのであれば、すぐさま謝罪をして駅員に連絡をするだろう。必要あらば救急車を要請しなければならない。

だが今は、わたしにぶつかる気満々のジジイをヒョイと避けただけであり、なんら危害を加えていない。それなのに勝手にすっ転んで、鬼のような形相で振り返りわたしを睨むその老人の姿が、なんとも哀れで情けない。

ついでになにか叫んでいたが、よく分からなかった。なぜなら、乗り換えを急ぐ利用客でごった返す構内は、立ち止まることすら困難だからだ。

 

ヒトに体当たりする覚悟があるならば、その逆に、かわされる覚悟も持っておかなければならない。昔から「人を呪わば穴二つ」と、言うではないか。・・ちょっと違うか。

 

Illustrated by 希鳳

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