タイトな給与計算と連休の罠

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「今までどうして、末締め翌月5日払いで給与計算ができたのかしら・・」

ゴールデンウィーク明けに、とある女性社長がこう呟いた。

 

労働基準法には賃金支払いの5原則と呼ばれるルールが存在する。賃金は①通貨で②直接労働者に③全額を④毎月一回以上⑤一定の期日を定めて支払わなければならない、とされている。

ちなみに「一定の期日を定めて」ということは、毎月5日が給料日だとすると、本来ならば5日の0時に給料を手にすることができるわけだ。だが、過去(昭和50年)の通達では「当日朝10時までに引き出せるようにしなければならない」という記載があり、これが目安として採用されてきた。とはいえこの時代にはネットバンクも存在せず、銀行が稼働してしばらく経った10時ならば、入金確認のトラブルも起きないだろう…という時代背景がみられるのだが。

いずれにせよ、法律上は支払日までしか定められていないため、この通達に則って「午前10時ルール」が慣行されてきたのだ。

 

とりあえずトラブル回避のためにも、使用者は前日までに振り込みを済ませなければならず、確認作業も踏まえると、前日である「4日」がデッドラインとなる。

安心の確実性を増すならば、二日前である「3日」までに給与計算を終わらせなければならない。となると、給与計算担当者のタスク量や処理速度、また、給与計算が必要な人数などにもよるが、最低でも「2日」の午前中までには労働時間をまとめたもの、つまりタイムカードや出勤簿が届かなければ間に合わない。

 

これらのデータが整然とまとまっていれば作業も捗る。ところが、タイムカードがそのまま送られてきたり、休憩時間や遅刻早退、有休などが不明な場合は、それらの確認作業から取り掛からなければならない。

「ここは欠勤控除してもいいですか?」

「この部分は残業として計算してもいいですか?」

「終業時刻の記入がありませんが、何時でしたか?」

「休憩時間は何分でしたか?」

送る前に確認すれば防げるであろう、不毛な質問タイムが始まる。その場でサクサクと答えてもらえればまだしも、「本人に確認します」となれば、数時間を棒に振る覚悟を持たなければならない。

このようにマンパワーが主力となる中小零細企業では、不完全なデータが送られてくるのが当たり前のため、「思っている以上に給与計算ははかどらない」というのが、われわれ社労士の共通認識なのである。

 

さて、シミュレーションを続けよう。賃金締め日は「末日」のため、その日が終わればタイムカードは完成する。クラウドで管理をしている企業ならば別だが、たとえば終業時刻が翌日となる場合や、従業員数が数百人という大所帯だったりすれば、それらをまとめるだけでも一苦労。

つまり末日の翌日である「1日」に、従業員全員分のタイムカードをまとめる必要があるのだ。無論、タイムカードをまとめる専従者がいればどうにかなるだろうが、それだけのために時間と人手を割ける企業は少ない。となれば、片手間にタイムカードを回収しては、ざっと目を通してまとめるのが精一杯。

 

中には、アナログのタイムカードをスキャンで読み込んで、そのデータを送ってくる企業もある。すると二次災害的に「数字がちゃんと読めない」「下が切れてる」などのトラブルが発生しかねないわけだ。

こういった困難を乗り越えて、なんとか「1日」のうちにタイムカードを担当者へ送付することができれば、翌日の「2日」から給与計算をスタートできるのだ。めでたしめでたし。

 

「・・じゃあ、連休を挟んだらどうなるの?」

 

・・そう、これだ。5月はゴールデンウィークと呼ばれる腑抜けた連休がある。4月29日は祝日、30日は日曜日、そして5月1日と2日の平日をはさんで、3日から三連荘で祝日が続き、土日で締めくくった連休の翌日は、なんと8日(月)なのだ。

この状況で労働者へ賃金を支払うには、平日である2日までに給与計算を終えて、振り込みまで済まさなければならない。こうなると、どう考えても無理だろう。

 

現実的には、賃金支払日が休日の場合、休日明けに支払うことは違法ではない。しかし「月末が支払日」となると、休日明けにずらすことはできない。冒頭で紹介した「賃金支払いの5原則」の④(毎月一回以上)に違反するからだ。

こういったことからも休日前の営業日に振り込むことが望ましいわけで、ゴールデンウィーク中に給与計算を済ませるには、たったの二日間しか猶予はない。

 

たとえば「残業ゼロ、税金や保険料控除も一定額(あるいは、控除無し)で、毎月の支払が定額」ならばまだいい。役員報酬の支給などがこれにあたるだろう。

ところが、きちんと労務管理をすればするほど、細かな支給や控除が発生するものなのだ。電卓を叩ければ計算ができるほど、単純で簡単なものではないからだ。

 

今でこそ「変形労働時間制」にも対応した給与計算ソフトが出ているが、個人的にはまだまだ、人間の目を通さなければ不安を感じる。これは「労働者側の理解度」による部分もあるため、単純に数字の羅列を計算する作業ではない、という意味だ。

こういったことからも、締め日から支払日までが5日しかないスケジュールは、タイトすぎて無理がある。従業員が一人ならば別だが、5人以上いる場合にはやはり、もう少し猶予がほしいところである。

 

 

というわけで、理解ある従業員の同意を得た上て、冒頭の社長は給与支払日を10日に変更したわけだ。これで安心安全の賃金計算が可能となった。

ゴールデンウィーク様様、といったところか。

 

Illustrated by 希鳳

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