わたしは今、ショックで落ち込んでいる。自画自賛ではあるが、かなり面白い内容のコラムを書き上げた。そんな自信作のタイトルを付けてもらおうと、下書きを送った友人から、
「これ、内容大丈夫?」
と一言、不穏なメッセージが送られてきたのだ。
こんな奇跡体験のどこに問題があるというのか?
「だって、明らかに犯罪行為じゃん」
なんと!!私自身は、異国の地で苦難を乗り越えたサバイバルストーリーのつもりが、言われてみればたしかに犯罪行為である。
とはいえ、決して軽い気持ちで犯罪に手を染めたわけではない。その場をどうにか切り抜けなければならず、苦肉の策を講じた結果、たまたま上手くいってしまったのだ。
もしも失敗していれば、施設の外へつまみ出されるくらいで済んだかもしれないが、奇跡的に上手くいってしまったからこそ、結果として犯罪が成立してしまったのだ。
7年前、しかもブラジルでの出来事であり、もはや時効かもしれない。それでも、インターネット上に犯罪を告白するような記事を放つのは、当たり前だが危険すぎる。
言われてみればここ最近、回転寿司で醤油をペロペロしたり、他人が注文した寿司を食べたりといった、当人にしてみれば「笑えるいたずら」をSNSに投稿したことで炎上し、訴訟沙汰になる案件が後を絶たない。
さらに、いずれも自作自演の場合がほとんど。他人の注文した寿司を食べる動画は、実際には自分が注文したものだったり、一度箸をつけた寿司をレーンに戻す動画も、その後自身で回収していたりと、当人側としては「現実的に迷惑行為を行ったわけではない」という感覚なのだろう。
醤油さしをわざと舐める行為は、器物破損に当たる可能性もあるので問題外だが、自分で注文した寿司を自分で食べるのは当たり前のことだし、箸をつけた寿司をレーンに戻すも、すぐさま回収して食べたのであれば、バレようがないし炎上することもない。
ところがそれをうまく編集し、「ウケると思って」SNSに投稿するから偽計業務妨害といった犯罪行為となるのだ。
実際には故意でなくとも、結果的にその行為が違法となるケースは多々ある。また、日本と海外とでルールが異なる場合もあり、知らず知らずのうちに法に触れている可能性は否定できない。
そして過去にわたしが行った行為も、冷静に考えれば違法であり犯罪を犯したことになる。内容を聞けば笑って済まされる程度のことであり、さらに当時は「そのおかげ」で命拾いをしたわけで、今思い返しても選択肢として外すことはできない。
それでもとにかく、犯罪は犯罪なのだ。
「URABEにとって、生きにくい世の中になったよな」
友人がそう呟く。たしかにその通りだ。ここ最近で思い出せる話題といえば、どれも違法臭漂うことばかりなのだ。
無論、狙ってやっているわけではない。その場の判断として正しいことを実施した結果、よくよく考えると「違法じゃないか?」という感じであり、故意に犯罪に手を染めているわけではない。
だが繰り返しになるが、わざとだろうが無意識だろうが、はたまた嵌められた場合であろうが、なんにしても結果がすべて。
自ら運転中の車に自殺目的で飛び込まれた場合、少なくとも前方不注意として罪に問われる。この場合、不起訴処分となる可能性が高いが、一方で「免許停止」など何らかの行政処分は免れない。
つまり、生きるということは、何らかの責任を負うことを意味するのである。
「トー横キッズの前で、本物のオーバードーズを見せてやれよ」
冒頭の友人からメッセージが届いた。なんの話だ?わたしは薬などやってないぞ?
「ミカンでやってんじゃん」
・・・あぁ、なるほど。たしかにわたしは、小ぶりのポンカンならば一気に20個食べる。大ぶりの甘平(かんぺい)や代将季(デコポンの一種)でも8個食べる。これをオーバードーズと呼ばずしてなんと言う。
でももしかすると、どこかの国では「一日に柑橘類を5個以上食べてはならない」という規則があるかもしれないし、そうなればわたしは犯罪者である。
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