なんだか急に中華料理が食べたくなるときがある。そんなことをいえば、急にイタリアン、急に寿司、急に焼肉が食べたくなるときもあるわけで、中華に限った話ではないのだが。
ところが今日は、中華料理というか「杏仁豆腐」が食べたくなったのだ。しかも突然。
「コンビニで買えばいいじゃないですか」
ギャアギャア騒ぐわたしに向かって、後輩が冷たく言い放つ。
たしかにそれも一つのアイディアではあるが、ここは池袋北口。観光客向けではない、リアルなチャイナタウンが存在する街である。
池袋駅までの数百メートルには、見渡す限りの中華料理店が並んでいるわけで、きっとどこかに杏仁豆腐が待ち構えているはずだ。
「杏仁豆腐だけを注文する人なんて、見たことない!」
と、さらに後輩が追い打ちをかける。
まぁ、一般的にはそうかもしれない。だがわたしに限っては、杏仁豆腐を単品で注文するだけでなく、2個も3個も追加するのが日常的であり、普通の食事なのである。
こうしてわたしは、ブツブツ言う後輩を引き連れて池袋中華街へと向かった。
中華料理店はたいてい赤色がメインの配色となっている。そこへ金色や黒色で文字が描かれており、とてもめでたい感じがする。
そんなネオン煌めく中華料理店を物色するも、杏仁豆腐らしきものは発見できない。そりゃそうだ。火鍋や上海料理の店で、わざわざ杏仁豆腐を単品でテイクアウトできるサービスなど、あるはずもない。
現実を見せつけられたわたしは、若干、弱気になった。このままでは杏仁豆腐どころか何も手に入れることなく、池袋駅に到着してしまう――。
そこで密かに方向修正を図ることにした。
杏仁豆腐といえば甘くてさっぱりした中国のデザート。ならば「甘さ」を残した中国のお菓子に切り替えようじゃないか。・・たとえば月餅などはどうだろう。
月餅(げっぺい)は中国の代表的な焼菓子。なかでも有名な「蛋黄(タンファン)月餅」は、餡の中に塩漬けにしたアヒルの卵黄が丸ごと入っており、ねっとりとした濃厚な味わいが特徴(らしい)。
しかしここで大問題が勃発する。そう、わたしはあんこが食べられないのだ。
月餅の皮は薄く、そのほとんどはずっしりとした餡で満たされているといっても過言ではない。そんなお菓子をわざわざ買う意味がどこにあるというのか。
――いや待てよ。もしかすると中身があんこではなく、クリームやフルーツでできた月餅があるかもしれない。
手ぶらで帰ることのできないわたしは僅かな期待を胸に、再び中華街を歩き出した。
とそこへ、可愛らしい小籠包のイラストが飛び込んできた。その名も「永祥生煎館」、上海名物の焼き小籠包専門店らしい。
(ここなら間違いなく、月餅もあるはずだ!)
かなり有名店のようで、この雨にもかかわらず、店頭には何人もの客が並んでいる。
わたしは後輩を列に押し込み、順番がくるのを待った。そしてその間にメニューを眺めるも、月餅を含む甘いお菓子が見つからない。
隅っこに「タピオカミルクティー」の文字があるが、さすがに本格焼き小籠包の店で買う必要はないだろう。
いい加減に「月餅」を見つけることのできないわたしは、焦って後輩に尋ねた。すると、
「あれじゃないですか?」
と、ミートパイのような写真を指さされた。おぉ、たしかに「鮮肉月餅」と書かれている。
厚みのあるまんじゅうのような形をした鮮肉月餅は、中にぎっしりと肉が詰まっており、肉汁したたる美味そうな食べ物である。
だがちょっと待て。わたしは甘いお菓子を求めてここまでやって来たのだ。さすがにあんこは無理だが、肉のほかに甘い味付けの月餅はないのだろうか?
そうこうするうちに、入り口近くの厨房で大量の小籠包が焼きあがった。白煙のような水蒸気とともに顔をそろえた焼き小籠包たち。出来立てホヤホヤ、いや、プルプルツヤツヤの美しい肌(皮)が輝いている。
(うーん、悪くない・・)
その隣には、薄いパイ生地のようなサクサクの皮に包まれた、ジューシーな肉が魅力の鮮肉月餅が待ち構えている。
こ、こうなったら、甘いのしょっぱいの言っている場合ではない。これらの出来立て「小包」を、ハフハフしながら胃袋へ送り込むしかない!
――こうしてわたしは、杏仁豆腐からの甘いお菓子を経て、鮮肉月餅と焼き小籠包に落ち着いたのであった。
池袋へ降り立った際にはぜひ、飾り気のないリアルな上海の味をご堪能あれ。
コメントを残す