薄氷の「網膜」を死守できた幸運

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(定期)眼底検査をした。

6か月ぶりの散瞳(瞳孔を開かせること)だったが、毎回スムーズに開く。

 

私は、散瞳のスピードが異常に速い。

5分もあればバッチリ開く(通常20分以上)。

 

左目の網膜裂孔周辺を400発、レーザー光凝固したのは3年前。

主治医(美人)のおかげで、私は一命をとりとめた。

 

あれから3年が過ぎ、一度は奪われかけた格闘技を続けている。

戦い続けられるのは、主治医(美人)のおかげでしかない。

 

もし、ほかの眼科医に手術をまかせていたら――

 

 

 

 

友人から、

「とにかくX先生に診てもらってほしい」

と懇願された。

 

彼女の好意を無下にもできず、セカンドオピニオンとしてX眼科を受診した。

 

「かなり大きな裂孔がありますね。

将来的に剥離しないとも限らないので、予防も兼ねて硝子体手術をおすすめします」

 

最悪の提案をされた。

網膜剥離は恐ろしい病気だ。

 

もし、光を失うことがあったら、私は生きていけるのだろうか――

 

そんな不安のなか、目に飛び込んできた院内の貼り紙には、

 

「網膜剥離で失明することはありません!」

 

という心強いキャッチフレーズが。

網膜剥離の四文字に怖気づく私は、その言葉にすがりつきたくなった。

 

「硝子体手術のあとは、●●ホテルに宿泊してもらいます。

翌日、検査をしてからの帰宅となります。

 

硝子体手術をすると、注入したガスにより白内障が進行するので、水晶体を除去して人工レンズを移植します。

人工レンズは単焦点と多焦点があり、いまなら格安で・・・」

 

そう言いながら、眼内レンズのメニュー表を渡された。

 

「あと、硝子体手術と白内障手術をした結果、乱視がひどい場合にはレーシックでカバーできますよ」

 

(・・ほんとなの?そんなにポンポンと手術を重ねて、目は大丈夫なの??)

 

 

ーー私は圧倒的な違和感を覚えた。

 

 

「どうしますか?今日ならちょうど予約が入っていないので、すぐにオペできますよ」

 

 

ーーこれは、医療行為の説明なのか?それとも、商売の説明なのか?

 

 

 

 

X眼科を出ると、すぐ主治医に電話をした。

セカンドオピニオンを受けに来たが、なにかの営業をされた気がする、と伝えた。

 

主治医(美人)はため息をつきながら、こう言った。

 

「あなたの眼は私が責任もってやるから、心配しないで」

 

その後、主治医の元で、網膜レーザー光凝固術を受けた。

 

 

拷問のような強烈にまぶしい光を、強制的に見つめさせられる。

目玉は器具で固定され、動かすことも、まばたきすらもできない。

とめどなく涙が流れるが、拭うこともできないので流しっぱなし。

 

脳みそに突き刺さるような痛さの光を見ながら、パスン、パスン、とレーザーを照射する音だけが聞こえる。

 

気を失うほどのまぶしさ。

先の見えない不安。

格闘技を奪われるかもしれない絶望。

 

 

「終わったよ」

 

主治医の言葉で我に返った。

まぶしすぎて何も見えない。

 

しばらく目を閉じ、暗闇に見える閃光を脳で感じていた。

 

「(レーザーを)400発打ってがっちり固めたから、ここの裂孔はもう大丈夫。

(網膜が)薄くて心配な部分も補強しておいたから」

 

そう言いながら、照射ホヤホヤの網膜の画像を見せてくれた。

眼も意識も朦朧としているが、美しく揃った無数のドットがなんとなく見える。

 

ーーそのドットは400個もあるのか

 

そんなことを考えながら、キレイな円を描く黒点のかたまりを、ぼんやりと眺めた。

 

(腕のいい医者、とはこういう人のことを言うのだろう)

 

これまでに見た、網膜レーザー光凝固画像のなかで、このように美しくドットが密集し、整列している瘢痕(はんこん)を見たことがない。

 

 

私の命より大切な目を、彼女にあずけて、よかった。

 

 

 

 

医療や法律といった特殊分野で活躍する人たちは、それなりの能力と人格を兼ね備えている。

 

全ての従事者がそうとは言えないが、活躍している人に限っては、概ね、そう言えるだろう。

 

これとは別に、手術でも裁判でも、当事者である私たちの「最低限の予習」というものは必要だ。

とくにメスを入れるような手術の場合、覚悟を決めるためにも知っておくべきだ。

 

 

選択権は患者にある。

だからこそ、最低限の知識と常識的な判断を身につけなければ、その先で待っているのは、後悔しかない。

 

主治医(美人)につないでもらったこの網膜。光を失うその日まで大切に、この世の隅から隅まで見尽くしてやるつもりだ。

 

 

—————-キリトリ線—————-

 

Illustrated by 希鳳

 

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