ウラベチャン・ネーム~洗礼を受けし被害者たち~

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わたしは目が悪いが、頭も悪い。それを言うと、

「性格が一番悪い」

と、心の中で叫んでいる人の声が聞こえてきそうだが、もっと言うと素行も悪い。

 

(なんだ、悪い所だらけじゃないか・・)

 

まだある。言葉遣いも悪いし、行儀も悪い。まぁ数え上げればキリがないのでこの辺りでやめておこう。

 

頭が悪いなかでも、記憶力がずば抜けて悪いわたしは、日常生活で実行している習慣がある。それは、

「名前を覚えられそうにない友人に、ニックネームを付ける」

という裏ワザだ。

 

これは不思議なもので、ピタリと当てはまるから面白い。こんな簡単に覚えられるなら、なぜ本名を覚えようとしないのか自分でも理解できないが、人間なんてそんなものだろう。

 

この話で一番最初に思い浮かぶのは「野武士」という友人だ。

彼の本名は武将のような仰々しいもので、漢字も難しくてとてもじゃないが覚えられない。そこで彼自身が使用しているSNSでのアカウントネームである「野武士」を、日常的に呼称として用いている。

 

ある日、野武士から仕事の質問があり、メールを送信した時のこと。

「仕事のメールで『野武士』って、すごいな」

そう、わたしは野武士の本名が覚えられないため、仕事であろうが何であろうが「野武士」だったのだ。そこに失礼とか無礼とか、そういう感情は一切ない。

 

当然ながら書類作成等では野武士の本名を記載するが、それはそれ、これはこれといった感じで、わたしが会話をする相手は「野武士」でしかないのだ。

 

あとは、「ジョー」か。

スパーリング直後に、肩を落とし項垂(うなだ)れて座る様子を見た誰かが、

「明日のジョーみたい」

と発言したことが、ジョー誕生のきっかけとなった。

 

その言葉を聞いて振り返ったわたしは、まさに主人公のジョー(矢吹丈)が疲労困憊でうつむく姿を見た。

ーーじょ、ジョー!!!

 

それ以来、彼の名前はジョーだし、本名は未だに知らない。ただ普通に、

「ジョー、おはよー」

「ジョー、ちょっと聞いてよ~」

といった具合に話しかけるも、ジョーは顔色一つ変えずに対応してくれる。ジョー自身も、自分はジョーだと認識し受け入れている。

 

まぁ何というか、自分自身も含めて「名字」で呼ぶのがあまり好きではないわたし。

名字は一族を表す記号のようなものだが、名前こそがその人を表す単語だと捉えているからだ。

 

かといって、日本人は名前で呼ぶことを嫌うというか、習慣として「名字でさん付けで呼ぶ」ことを教え込まれているため、名前で呼ぶのは馴れ馴れしいと感じる人がいるのも事実。

 

そこへきて、ちょうどいい距離感で親しみを込めて呼べる「ニックネーム」は便利だったりする。

 

年齢や性別を超えて、個々の関係性が保てるというか。無論、むやみやたらに名前で呼びたがる人間には嫌悪感しかないが、信頼関係の上で相応のニックネームがあることは、わたしとしては誇らしいことだ。

 

 

ニックネームでも何でもないが、名前が「虎之助」という後輩がいる。

先日、彼と会話をする中で「そういえばSNSで繋がってないよね」という話題になり、わたしが検索をした。

 

「あれー、出てこないな」

「Facebookはあまりやってないんで・・」

「もしかして、ローマ字?」

「いや、普通に漢字です」

 

わたしのスマホを覗き込む虎之助、そして一言。

 

「あの、僕、虎之助じゃないんですけど・・・」

 

まさかの告白に言葉を失うわたし。じゃあなんで、今までずっと「虎之助」って呼んだら返事してたんだ?

 

「え?じゃあ名前、なんて言うの?」

「〇×※◇★です」

 

ーーなるほど、そういうことか。

 

つまりわたしは、虎之助から何度自己紹介されても覚えられなかったため、いつしか勝手に「虎之助」と名付けたのだろう。

そして後輩である虎之助も、それを否定できずに何年も過ごしてきたのだろう。

 

いま、再び本名を聞いても全くピンとこない。これは明日もまた「虎之助」と呼ぶに違いない。だって、虎之助は虎之助だから。

 

 

頭が悪い、もとい記憶力が悪いというのは、たまに困る時もある。

 

 

サムネイル by 希鳳

 

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