市民ランナーと奇人ランナー

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そういえば風呂に入らなくなって5日が過ぎた。だからと言って風呂に入ろう、という気になったわけではないのだが。

今回の不潔生活はこれまでのソレと異なる点が一つある。それは歯みがきだ。

これまでは全身全霊で不潔生活を謳歌していたが、今回は歯みがきだけはせっせと行っている。朝起きて、飲食後、就寝前。ことあるごとに歯みがきだけは続けているあたり、不潔の中にも清潔感があふれている。

 

そして今日、あばらを折ってからようやく出来るようになったことがある。それは、軽く鼻水をすすることだ。

最大値が10だとすると、2程度ならばズズッとすすれるようになった。ただし調子に乗って3の勢いで吸い込むと、あばらに激痛が走り、しばし地蔵のように佇むこととなるので要注意。

 

どうせほぼ動かず一日を過ごすわけで、わたしの体も半分眠っているようなもんだ。5、6日風呂に入らなくたって何も変わりはしない。

 

その時、数年前に公園の水道で水浴びをした記憶がよみがえった。

 

 

あれは区役所で準公務員の仕事をしていたときのこと。市民ランナーとして数々のマラソン大会に参加する女性職員と、わたしは仲が良かった。そして彼女と昼休みが重なると、決まって3キロ走らされた。

区役所の近くには大きな寺と公園があり、その外周がおよそ1.5キロ。そこを2周すると、ちょうどいい感じで昼休みがつぶせる算段なのだ。

 

ある雨の日、

「無理しなくていいよ、私は走るけど」

と潤んだ瞳で呟く彼女。そう言いながらも「どうせ汗かいて濡れるんだから、雨降ってても同じだよね」と独り言のように念じている。華奢で真面目な彼女にそう言われると、何と言って断ればいいのやら。

こうしてわたしは、区役所勤務日の昼休みは、雨だろうが風だろうが黙々と3キロを走らされた。

 

そんなとある夏の昼休み、彼女が神妙な面持ちで詰め寄ってきた。

「今日、シャワー使えないんだって」

真夏のこの時期、走って汗だくのまま午後の仕事はさすがにキツイ。職員のみならず区民のみなさんに不快感を与えることになる。ということは今日はお預けか。

「ウェットティッシュあるから、よかったら使って」

背後から使いかけのウエットティッシュを差し出す。いやいや、あなたの分でしょこれは。

 

しかしそこまでしてわたしを走らせたいとは、何たる心意気や。よし、走ってやろう。ただし条件付きで。

 

「公園の水道でシャワーするから見張ってて」

 

区役所手前の公園には水飲み場がある。そこへ頭を突っ込めば髪を洗える。さらにTシャツの上からでも水を浴びれば、それこそ真夏の日差しですぐに乾くだろう。

これならシャワーで汗を洗い流す再現が可能だ。

 

我々はいつものごとく黙々と走り続けた。

滴る汗、真夏の太陽、子どもたちのはしゃぐ声ーー。

 

問題の公園へとたどり着く。すぐさま水道のハンドルをひねって水を出す。ところが、この水道はハンドルを回している間しか水が出ない仕組みになっている。

少し離れたところで様子をうかがっていた彼女は、わたしが振り向くとすぐさま駆け付けた。

 

「水が止まっちゃうからひねっといて」

 

こうしてわたしはガシガシと髪の毛を濡らし、犬のようにプルプルと頭を振って水滴を飛ばした。

続いて全身へと水をかけようとするが、これがなかなかうまくいかない。いわゆる水を飲むための上向きの水道(立形水飲水栓と呼ぶらしい)だと、水の勢いが弱いため全身を濡らすにはかなりの時間がかかる。

 

そこでわたしは四つん這いになり、さっき頭を洗った蛇口の下へともぐり込んだ。

 

「ママ、あれワンワ・・・」

「見ちゃダメ!」

 

小さな子どもは母親に無理やり連れていかれた。そうだ、わたしの水浴びの様子を見て「ワンワン」と言いかけたところで、母親のインターセプトが入ったのだ。

 

しかしこちらも時間との勝負をしている。午後の勤務に間に合わなければ契約違反となるし、区民にも迷惑をかけることになる。何が何でも汗を洗い流し、清潔な状態で着席せねばーー。

 

とにかく必死に、全身へ水道水を浴びせた。

張本人のわたしはまだいい。しかし強引にも共犯者にされた彼女は地方公務員であり、恥ずかしいことこの上なしだろう。

それでも人の良い彼女はせっせとわたしに水をかけ、周囲の人間にしきりに頭を下げていた。

 

 

ーーあの頃のわたしは、清潔でいることに敏感だったようだ。

 

今となってはこの体たらくよ。5、6日風呂など入らなくても平気になってしまった。それどころか、風呂に入らなくてなにが悪い!と逆ギレする始末。

 

とりあえず人と会おう。一人でいるから不潔に慣れてしまうのだ。

この不潔な身なりで人と会えば、さすがに嫌な顔をされるだろう。その表情を見て風呂に入る覚悟が決まれば、何よりの治療法といえる。

 

わたしが風呂場へ足を踏み入れる日は、近いかもしれない。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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