焼肉の席で誰かに肉を焼いてもらうとき、「あの肉がいいな」と密かに狙ったりするだろう。
「私はそんなことしない!」と言う外ヅラ人間もいるが、それは嘘だ。無意識に自分好みの肉の形や脂のサシ具合い、厚みや大きさを目で追っているはず。そしてそれが運良く回ってくればいいなぁ、と漠然と願うはず。
*
今、わたしの目の前で肉が焼かれている。しかも美味い肉だ。肉奉行である紀香により割り当てられたわたしの肉は、対面にいるしおりの肉より小さい。しかし右側のユキエのよりは大きい。
だがわたしの肉には厚みがある。しおりとユキエの肉は薄っぺらい分、すぐに火が通りそうだ。ところがわたしの肉は彼女らの倍の厚みがあるため、肉を横から目視するとまだ赤い。
噛みごたえ重視のハラミの場合、やはり肉は分厚くてズッシリしているほうがいい。だがカルビにおいては薄くて広い肉を好む。
現在、肉の重さでいくとわたしに分がある。しかしカルビという性質上、皮肉にもユキエに負けている。ていうか、しおりの圧勝だ――。
まだ肉を裏返してもいない段階で、わたしはすでに敗北感に襲われていた。
(この肉を配ったのは、紀香!)
悪気どころか気を使って、わたしへ厚めの肉を割り当てたのであろう肉奉行・紀香。しかしわたしのカルビヒエラルキーによれば、カルビは薄くて広くてサシがマダラに入っているものがトップなのだ!
メラメラと闘争心を燃やしながら、わたしは紀香の肉へと目をやる。これで紀香の肉がしおりより上だったら許せない!!
すると、怒りどころか哀愁を感じてしまった。紀香の肉は、デコボコな岩石のような形をしているのだ。岩石の頂点まで火を通すには、我々のように表裏をひっくり返すだけでは無理。横に寝かせたり、また別の面を鉄板に当てたりする必要がある。
そう、紀香はあえて自分のところへ焼きにくい形の肉を納めたのだ。
ベテラン主婦であり気配り上手がウリの紀香を、少しでも疑って悪かった。わたしならば真っ先に自分の肉を確保するだろう。たとえ友達とはいえ、他人にグッドコンディションの肉を回すほどお人好しではないからだ。それなのに紀香ときたら――。
涙腺がゆるみながらも、わたしは容赦なく自分の肉をひっくり返す。厚みがある分、もう少し火を入れたいところ。しおりとユキエの肉はもうすでに焦げ目が付いている。それに比べて紀香の肉は、まだ一度も鉄板に触れていない面がある。
なんともかわいそうだが、お先にいただくことにしよう。
*
次の肉はなんという名前かはわからないが、美しい赤と輝く白が際立つ肉だ。タンでもハラミでもロースでもないから、カルビなのだろうか。
とりあえずその肉が、肉奉行により各々へ配給された。先ほどのカルビ事件のせいか、わたしへはもっとも大きくて薄い肉があてがわれた。うん、悪くない――。
と思った瞬間、やっぱりこれじゃダメだ!と叫びそうになる。
わたしの肉はたしかに薄くて広い。だが半分くらいが脂のため、赤身部分は肉面積の半分程度なのだ。すでに4人分の肉が並べられた鉄板を見ると、やはりしおりの肉のバランスが一番美しい。大きさは中くらいだが、赤身と脂身のバランスが絶妙なのだ。
喉から手が出るほどしおりの肉と交換したい気持ちをおさえ、わたしは冷静さを保つことに注力した。そこでチラッと、右側にいるユキエの肉に目をやる。すると肉面積は狭いが、こちらもしおりに負けず劣らずの黄金比を誇っている。いや、むしろユキエの肉の方がベストかもしれない。
――と、ここへきてわたしは思わずハッとした。
(ま、まさか)
おそるおそる紀香の肉へと目をやる。するとやはり岩石鉱物のような、存在感のある隆起した肉が鎮座していた。
(やっぱり・・・)
かじりついたら噛みごたえ抜群であろう紀香の肉。しかしいち早く胃袋へと送り込みたいわたしにとっては、じっくり焼き上げる余裕などないのだ。よって、
「わたしの肉と交換しようか」
などというおべっかを使うことはできなかった。
*
紀香は優しい人間だ――。そのことを改めて知らされた焼肉の席だった。ちなみに肉はどの形どの大きさどの厚さでも、例外なく美味かった。
サムネイル by 希鳳
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