「オオー、ワタシトオナジデスネ!」
東南アジア系と思われる可愛らしい店員が、笑顔でそう囁いた。小柄で細身の彼女が、このわたしと同じだと?・・やや信じがたいが、本人がそう言うのだから間違いないだろう。なるほど、痩せの大食いってやつか——。
品川駅構内にある「おむすび百千」は、定番おむすびから47都道府県の名産物おむすびまで、約60種類のラインナップを誇るおむすび専門店。たとえば、新潟県ならば”けんさやき”、愛知県ならば”えび天むす”、長野県ならば”信州野沢菜漬け”、岩手県ならば”さばご飯”、山口県ならば”きな粉”、そして沖縄県ならば”スパムむすび”というように、各都道府県を代表する食材を使ったおむすびが売られているのだ。
そして、おむすびに目がないわたしはショーケースの前に立つと、キラキラと輝く三角形の宝石たちをひとつひとつ確かめた。いぶりがっこもいいし、めざしも珍しい。サラダパンってのは強引だが、あくまのおむすびにも惹かれる——。
どれを見ても美味そうで口の中はヨダレの洪水となる中、一人の女性店員に声をかけられた。
「イラッシャイマセ、ドレニシマショウカ?」
流暢な日本語を話す彼女に向かって、わたしは右端から順に食べたいおむすびの名前を挙げていった。ちなみに、この時点でわたしは一つの間違いを犯した。それはなにかというと、いま買うべき・・つまり、今日食べるおむすびを選ぶのではなく、後先考えずに食べたいおむすびを口にした——というミスである。
とはいえ、今日中に食べきれなければ明日へ持ち越せばいいわけで、一般的には大した過ちではないのだが、このわたしに限ってはまず間違いなく一回で全てのおむすびを食べ尽くしてしまうため、大量に買う=胃袋が拡大するという悲劇を意味するのだ。
それでも、そんな心配ばかりしていたら人生は不毛でつまらないものになるだろう——そうだ、食べたいと思うものを食べて、大いに後悔すればいいじゃないか!!
こうしてわたしは、10種類のおむすびの名前を唱えた。あまりにテンポよく名前を挙げるので、途中で彼女が「イマ、ゼンブデ6コデス」と個数を教えてくれるほど、興味本位でおむすびを名指ししたのである。そして、
「オテフキハ、イクツイリマスカ?」
と聞かれたわたしは、あぁなるほど・・と思いながら、
「一つで大丈夫。全部わたしが食べるから」
と、笑いながら答えた。すると、それを聞いた彼女が冒頭のセリフを吐いたのだ。
「ジツハワタシモ、タクサンタベルンデスヨ!」
口の横に手を当てながら、ひそひそ話をするかのような仕草でそう語る彼女。大食いあるあるだが、見た目によらず痩せている女性のほうがよく食べるものなのだ。
そして、続けてこう教えてくれた。
「ケサ、オムスビ3コタベチャイマシタ」
・・・これを聞いたわたしは絶句した。
(一回の食事でおむすび3個・・だと?!)
一瞬躊躇したが、それでも「現実」というものを正確に伝えてあげるべきだ・・と判断したわたしは、恥ずかしそうに微笑む彼女に向かって残酷な事実を伝えた。
「わたしは、一回でこれ全部食べるんだよね」
すると、レジ操作をしていたもう一人の店員がギョッとしながら振り返ると、先ほどの”大食いな彼女”と顔を見合わせて驚きの表情を浮かべた。そりゃそうだ、3個で大食いだと思っていた彼女たちの常識を、一瞬にして打ち砕いたのだから。
さらに追い打ちをかけるように、
「このサイズなら、一日20個はいけるよ」
と告げると、二人は目を真ん丸にして驚いて・・いや、心配していた。そしてすぐさま、「そんなに食べて大丈夫なのか?」「何か激しい運動をしているのか?」と、矢継ぎ早に質問を投げてきたのである。
(まぁ、こうなるわな・・)
*
うら若き彼女たち——しかも、異国の地からやって来たであろう子猫ちゃんたちにとって、まだまだ知らない世界が存在する・・ということを”おむすび”を通じて諭すことができたのではなかろうか。
なんせこの世は、魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する伏魔殿なのだから。
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