一人で居酒屋に来ている。
居酒屋なんて場所は一人で来るところだ。
食べ物が美味いわけでも、酒が美味いわけでもない。
開放的な空間でもなければ、刺激的なイベントもない。
ではなぜ居酒屋にいるのかというと廃れた気分だからだ。
居酒屋へ来ることなど、年に一度あるかないか。
しかし、場末の居酒屋でなければやってられない気分に陥ることもある。
それが今日だ。
このこぎたない(失礼な)居酒屋以外に、私を受け止められる場所はない。
*
キウイハイボール、というこの店に似つかわしくない、シャレた飲み物を片手に考える。
ーーなぜうまくできなかったのだろう
もちろん仕事のことだ。
私が仕事以外で考え込むようなことはないわけで、とにかく昨日今日と仕事の出来が良くなかったのだ。
だが反省したところで打開策もない。
ただただ考え込むだけの不毛な時を過ごしている。
つづいてキウイサワーを注文する。
この店の推しがキウイらしく、ありとあらゆるものがキウイで彩られている。
隣りのおっさん2人組はカメラマンとエアコン業者。
カメラマンはしきりに自分の作品の素晴らしさを語っている。
相槌を打つかのように、エアコン業者はエアコン設置の難しさと美学を挟んでくる。
2人の会話はまったくかみ合っていない。
「おれについてくれば間違いないんだって。おれが撮影した空、見ただろ?あれから何か感じただろ?そういうもんなんだよ、写真てのは」
「なるほどな。でも俺は杭は真っすぐ刺さってないと気にいらないんだよ。特にタテとヨコがピシッと直角に揃ってないと、エアコン載せても美しくないんだよ」
(何の話だ・・)
かれこれ一時間以上、同じような話をループしている。
これこそが気心の知れた友だち、というやつなのだろう。
私の背後では、水道管工事の会社の社長と部下がいる。
社長はツルツル頭にサングラス、いかにも悪そうな風貌だ。
それに比べて部下2人は、作業着のまま居心地が悪そうに座らされている。
「おまえがパイプ外そうとしたときのあの顔、あれを見過ごしちゃダメなんだよ、わかるか?」
酔っぱらってるツルツルが部下に絡む。
「お客さんてやつは、ああいうところで差が出るんだよ、わかるか?」
部下は下を向き頷く。
もしかするとあくびをかみ殺しているのかもしれない。
とにかく顔は上げずにウンウンやっている。
「あ、すいませーん、ハイボール」
ツルツルが手を上げる。
(なんだ、普通のハイボールを頼むくらいなら、この店一押しのキウイハイボールにしてやれよ)
そんなこんなで二時間が経過する。
回りの酔っ払いどもは銘々が言いたいことを言い、強引に同意を要求する。
ウンウンとした後に、相手の言いたいことが始まる。
そんな無意味な応酬がつづく。
ーーブルーシャトウが思いつかなかったんだ
私は、本日の核心に触れる単語を口にした。
ブルーシャトウは日本三大ソープの一つ、熊本にある超有名な会員制ソープランド。
一見さんお断りの歴史は長く、現在も会員の推薦なしでは入店できない。
さらに会員の中でもVIPが存在し、知人がその一人。
どのあたりをもってVIPなのかは分からないが、とにかく彼の推薦であれば推薦された人も上位の会員になれるのだそう。
どの世界にも贔屓筋(ひいきすじ)はいるものだ。
およそ20年前、熊本国体の公開練習における逸話。
午前中の早い時間に練習を切り上げた某選手は、その足でブルーシャトウへ向かった。
そして90分46,000円、最高級のおもてなしを堪能。
快楽もつかの間、店を出るや否やとんぼ返りで練習を再開したのだそう。
そこまでして骨抜きにされたかったのか、と揶揄されるも、某選手は翌日、立派な成績で国体を終えた。
そんな伝統と実績のあるソープランド、ブルーシャトウ。
私は、その名店を取りこぼした。
タイミングというのは非常に重要で、いま思いついたところでなんの役にも立たない。
では次回こそはと気張ったところで、それはまた違うシチュエーションとなるわけで。
*
ツルツル御一行様が席を立つ。
私の横を通り過ぎるとき、カメラマン・エアコン組に声を掛けた。
よく見ると、この店にいる全員に声を掛けているではないか。
そうかーー
ここにいる私以外の連中は、JV(ジョイントベンチャー)で事業を請け負っている業者たちだ。
ここは千葉県の海沿い。
よく見るとどデカい施設が建とうとしている。
(なんだかんだ、みんな仕事してるんだな)
閉店時間が迫る。
さて、帰るか。
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