音痴、という残酷な現実の伝え方。

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ーーわからない

 

人間誰もが自ら経験していないことは、わからないものだ。

頭では理解していても、感覚として理解できない、実感がわかない、ということ。

 

私は歌がうまいわけではないが、音痴ではない。

よって、音痴の人の気持ちはわからない。

 

***

 

不思議なヒトがいる。

関西在住のポール(仮名)は、極度の音痴だ。

 

会話での声はそこそこのイケボ。

 

仕事ぶりは完璧(よく知らないが)。

英語で言うなら Strict.

 

厳しく、鋭く、スピーディーな仕事ぶりを見せるポール。

見た目は単なるオッサンだが、過去の栄華臭がプンプン漂うイラッとくる顔つき。

 

そのポール、欠点がほぼない。

ない、というかなさそうに見えた。

 

そもそも賢い人というのは、それだけでバイアスがかかって「すごい」と思わせてしまうもの。

理詰めで相手を完膚なきまでにやり込むポールの手法は、当事者になれば分かるが、心へし折られるものだ。

 

 

ある日の夜中、

 

「今ひま?

時間あるなら20分ほど無駄に時間使ってみない?」

 

とポールから呼び出しがあった。

 

(全然暇じゃないけど、こう聞かれて「忙しい」と答えるほど野暮でもない)

 

「カラオケで93点出した」

「高得点が出る歌い方の対策をしたうえで」

「なのに自分の十八番は74点だった」

「これはなぜだ(どうしたら十八番でも高得点が出せるのか)」

 

多分このようなことを伝えたかったのだと思う。

 

 

私は4歳からピアノを習い始めた。

そして某国立音楽大学に合格した(入学辞退)。

音大受験のために声楽も習わされたので、最低限の音楽や声楽の知識、経験はあるんじゃないかと思ってる。

 

余談だが、ワタシの十八番は

「愛を取り戻せ(北斗の拳の主題歌)」

「椎名林檎の歌(歌舞伎町の女王とか)」

「もののけ姫」

など。

 

最近そもそもカラオケに行かないので、どんな採点システムなのかイマイチよく分からないが、とりあえず聞いてみよう。

 

うだうだと前置きの長いポールに、さっさと動画を送れと指示し、いざ視聴。

 

お、曲のタイトルは「ルパン三世愛のテーマ」か。

(暗い曲だな・・・)

 

イントロ

 

 

歌い始めた

 

 

 

・・・。

 

 

 

 

・・・。

 

 

 

 

終わった。

 

 

 

率直な感想、というか真っ先に頭に浮かんだ単語は、

 

「絶句(する)」

 

 

言葉を失う、とはこのことか。

 

ワタシは夜中に冷や汗をかいた。

これは重大な事件だぞ。

これをどうやって伝えたらいいのだ。

これは感覚的な問題ではない、かといってロジカルな展開も不可能だ。

これはいったい、どうすればいいのだ。

 

絶句+放心状態のワタシに、

 

「おい、聞き終わったか?」

 

と、追い打ちをかけるポール。

 

続いて、ポールの十八番らしい「ガンダーラ」

(これまた暗い曲だなぁ・・・)

 

始まった。

 

 

ん???

 

 

んん???

 

 

・・・あ、あぁ、ガンダーラか。

 

 

んーーー

 

 

おぉ、ガンダーラだ。

 

 

(何度も耳を疑いながら)

 

 

終わった。

 

 

 

すぐさま辞書を引く。

いまの心境を表す、的確な言葉を検索する。

 

「絶句する」

「言葉を失う」

「唖然とする」

「肝を冷やす」

「肝をつぶす」

「動揺する」

「衝撃を受ける」

「精神的ダメージを受ける」

「色を失う」

「仰天する」

 

どれもしっくりくるし、どれも捨てがたい。

が、最も脳裏をよぎるセリフは、

 

「これは事件だ」

 

 

これを事件と呼ばずしてなんと呼ぼう。

 

間髪入れずにポール、

 

「どっちも同じような歌い方だろ?

なんであっちが93点でこっちが74点やねん」

 

(す、すごいなオマエ。

同じような歌い方だ?明らかにガンダーラのほうがひどかったぞ)

 

さらに、

 

「93点は、ぶっちゃけ『こうすれば点数出るんだろ?』って歌い方をしただけだ」

 

・・・。

す、すごすぎるよポール。

 

私はポールに対して、正確な現状の伝達と音痴改善のための対策を講じる必要があった

 

(ダイレクトに言うのは酷だ。なるべくソフトに、しかし伝わる言い方をせねば)

 

私は、眠っていた頭脳をフルスロットルで回した。

 

「塩を舐めて、『甘い』という感じなのね」

 

(伝わらない)

 

「辛いの平気な人いるけど、ダメな人もいるじゃん?

あとは猫舌の人と熱くても平気な人とか。

あれと同じで、『おかしい』とかじゃなくて、人それぞれ幅があるという感じ。

音程の聞き取りの繊細さが足りないだけで、おかしいわけじゃないんだよ」

 

(どうだろうか)

 

 

「なるほど!そういうことか」

 

(ホッ、伝わったか)

 

その後ポールは、自分の仕事に置き換えて長々と何かを論じてくれた。

ワタシにとってはどうでもいいことを、丁寧に文字化してくれるあたりがポールのかわいいところ。

 

しかしその後もポールは名言を吐いた。

 

「俺の歌を聞いてみんなが笑顔になればそれで幸せ」

(註:ポールは極度の音痴)

 

「要するに『声を震わせたら点数が上がるインチキ』なんだな。おもしろくねーゲームだな」

(註:ポールは歌が下手)

 

「歌唱テク(ビブラートというか、声がめちゃくちゃ震えてるだけ)で100回以上加算させてやった!

音程外れてても93点でるんだから、採点システムちょろいわ。

あーいう採点システムとかハッキングするの、大好き!」

(註:ポールは、歌が・・・)

 

 

・・・。

いったいどこまでポジティブなんだ。

 

 

でも、

そんなポールが好きだ。

 

 

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2件のコメント

音痴って自覚のある人とない人いますよね
私は前者ですけど自覚ない音痴の人は人生楽しそうでいいと思います(笑)‼️
ポールさん楽しそう
ただ、自覚ない人には音痴ってことはダイレクトには絶対言えないですよね(笑)

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