これは純愛か、はたまた暗号か罠か。

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わたしは今日、ついに到来した"人生のモテ期"を喜ぶとともに、己の注意力散漫に怒りと失望を覚えた。その舞台となったのは、東京都目黒区——。

 

 

毎週火曜日は恒例のピアノレッスンの日だ。いつもの如く時間ギリギリに家を出ると、地下鉄に飛び乗り目黒駅へと向かい、駅から先生のお宅まで脇目もふらずにせっせと歩いた。

そして一時間のレッスンが終わると、わたしは目黒のメッカであるアトレ目黒へと歩を進めた。ここには、お気に入りのパン店の一つ「ゴントランシェリエ」が入っている。そのため目黒へ立ち寄った際には、腹がいっぱいだろうが小麦が体に悪かろうが、必ずここでクロワッサンを買うのが決まりなのだ。

 

途中、信号で一度立ち止まったものの、その後は滞ることなくゴントランシェリエへとたどり着いたわたしは、お気に入りの抹茶クロワッサンやアップルパイをトレーに載せると、レジ待ちの列に並んだ。——まずは、久しぶりの抹茶クロワッサンに舌鼓を打つとしよう。それから白いクリームが挟まったパンを食べて、お口直しにアップルパイを・・

(・・・ん?)

クレジットカードを取り出そうとしたわたしは、肩にかけていたトートバッグの中身に異変を感じた。それは、小さく折りたたまれたメモ帳のようなものだった。

 

もしも「突然」という文字が見えなければ、あるいは開くことなく捨てていたかもしれない。だが「突然」という言葉は、緊急かつ重要な要件であることを示唆するため、くちゃくちゃに畳まれたメモ帳を開かずにはいられなかったのだ。

突然すみません

目黒でお見かけして

綺麗な方だったので、もしよかったらメールください

カズ

 

な、なんということだ。わたしは・・このわたしは、いつの間にか平和ボケしてしまったのか、メモ帳を放り込まれた瞬間に気がつかなかったのだ。

念のため、全身が映る鏡の前に立ち、現在の自分の姿を確認してみたのだが、ムキムキの腕と脚を惜しみなく露出したフォルムは、とてもじゃないが"綺麗なお姉さん"とはかけ離れている。

ということはやはり——何かの暗号文ということか。

 

わたしはすぐさま"わたしをわたしより理解している親友"へと、このメモ帳の画像を送った。するとこんな返事が返ってきた。

ちょっと整理すると、

見かけてから書いて入れる
→時間的にちょっと難しいか
→予め書いておいたのを撒く
→店内とかなら可能?

綺麗な方だった
→そんなこと思うやつはいない
→綺麗の意味を「剛力」と間違えて覚えた人
→綺麗なモビルアーマーだと思った

カズ
→なんかの詐欺師
→こいつを嵌めようとした犯行

・・親友はこのような推測をしたのであった。わたしも「たしかに、殴り書きとはいえ短時間でメモ帳にあれだけの内容を記し、それをわたしに気づかれないようにトートバッグへ放り込むというのは、なかなかのやり手としか思えない」と、カズを名乗る人物に一目置いていた。

そして、親友が睨んだ「こいつ(カズ)をハメようとした犯行」という説が、なんとなく現実的なのではないかと思い始めた。筋肉質かつ輩(やから)感満載なわたしと、気弱で引っ込み思案なカズを合わせることで、拭い去ることのできないトラウマをカズに刻んでやろう・・という、何者かの魂胆なのかもしれない。となれば、わたしもカズも被害者である。

 

(それにしても、一体いつ放り込んだんだ・・考えられるとすれば、エスカレーターか)

思い返すと、普段はエスカレーターを歩いて昇降するわたしだが、今日に限って大人しく立ち止まっていたのだ。アトレ目黒までの道中、赤信号で立ち止まったときには周囲にヒトはいなかった。そして、ゴントランシェリエの店内に足を踏み入れてからは、背後に人影は感じなかった。ということは、やはり一階から二階へと移動する際に利用したエスカレーターにて、犯行におよんだということか——。

 

そんな"新事実"を親友へ伝えたところ、

「URABEがエスカレーターでせり上がって行ったら、ちょっとした出撃シーンみたいだからな。やっぱりモビルアーマー説が有力か」

と、返された。・・うぅむ、たしかにガンダムっぽくてカッコいいかもしれない。

 

そんなこんなで、ゴントランシェリエを後にしたわたしは、アトレの一階にあるスタバでベンティサイズのアイスアメリカーノを購入し、そのまま郵便局で荷物を送り、目黒駅に隣接する三菱UFJ銀行で通帳を記帳し、その足で不動前駅にあるピアノスタジオで本日の復習をし、ようやく落ち着いてクロワッサンを堪能できる・・と思ったその瞬間、なんと、パンを入れた紙袋がないではないか!!!

いったいどこへ置き忘れたんだ?! 郵便局・・いや、局員らが笑顔で整列していたから、紙袋をしっかり握って逃げ出た記憶がある。ということは、三菱UFJ銀行のATMか——。

 

時刻は18時過ぎ。銀行の営業時間はとっくに終わっているが、もしかするとそのまま放置されているかもしれない。念のため確認しておくか・・。

目黒駅は不動前駅の隣りであり、帰り道の途中でもある。よって、目黒で途中下車したわたしは愛しの抹茶クロワッサンを捕獲するべく、三菱UFJのATMへと向かった。

——だが案の定、ゴントランシェリエの紙袋は消えていた。

 

そして紙袋には、あの"暗号文"が潜めてある。ということは、パンを手にした者がわたしになりすまして「カズ」なる人物へメールを送る可能性があり、もしもあれが罠だとすると、ハメられたカズとわたしになりすました誰かが接触し、その後の展開がどうなるのか気になる——。

 

 

とりあえず、数日後に目黒で殺人事件が起きないことを祈るのであった。

 

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