美女とすれ違った私が目にしたモノとは

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わたしの横を通り過ぎた、イマドキの綺麗なお嬢さん。なんだかいい匂いがしたし、頭のてっぺんからつま先まで、完璧に出来上がっていた。ツヤツヤのロングヘアに陶器肌、キラキラのおめめにプルプルの唇。細い首には華奢なネックレスが光り、薄いブルーのワンピースがふわりと揺れる。そして美しいふくらはぎからつながる引き締まった足首の先には、シルバーのスパンコールが散りばめられたミュールが刺さっていた。まさに、綺麗なお姉さん——。

そんな眼福を満喫した直後、わたしは彼女が出てきたトイレの個室へと入った。とはいえ、用を足すためではなくタンブラーをすすぐために入ったので、水道に手をかざしながら、タンブラーの内側に付着した柚子シトラス果肉を洗い流して終わり・・なのだが。

(よし、これでワンモアコーヒーを入れてもらえる)

ペーパータオルを一枚引き抜いて、タンブラーの内側をゴシゴシ拭き取る。そして振り返りざまに、丸めたペーパータオルをゴミ箱へ投げ捨てようとした、その瞬間——。

 

(・・・・・・・・・・)

 

配置的には、ゴミ箱のさらに奥に便器があるのだが、その便器の中には水以外のナニかが溜まっていた。

通常、用を足して水を流した後の便器内には、「封水(ふうすい)」が溜まっている。これは、下水管からの悪臭や虫などの侵入を防ぐ役割りを担っており、水洗トイレにとって封水は必要不可欠な存在といえる。

その封水が溜まっているべき便器内に、なぜかトイレットペーパーと・・その、なんというか「ブツ」が浮いていたのだ。

 

要するに、わたしとすれ違ったあの綺麗なお嬢さんは、使用後に水を流さずにトイレを出てしまった・・というわけだが、一体なぜ、そんなとんでもない行動に出たのだろうか。

 

じつはこれ、何を隠そうわたしも危うくやりそうになった経験がある。もちろん、わざと流さなかったわけではないし、洗浄ボタンが壊れていたわけでもない。ではなぜ"排泄物を放置する"という奇行に走ったのかというと、それは「思い込みによるミス」が原因なのだ。

便座から離れると勝手に水が流れる、「自動洗浄機能」が搭載されたトイレを使っていると、用を済ませたら無意識にそのまま個室を出る・・という癖がつく。これこそが"思い込みの擦り込み"なのだ。思うに、彼女の自宅やオフィスが自動洗浄機能付きのトイレなのだろう。よって、いつも通りに「用を足したらそのまま個室を出る」という行動をとったのだ。

 

個人的には、さすがにレストランやデパートなどでトイレの順番待ちをしている時は、自動洗浄機能付きだとしてもしっかり流したことを確認してから個室を出るが、ついつい洗浄音を聞く前にドアを開けてしまい、慌てて振り返って洗浄ボタンを押すこともしょっちゅうある。

さらに、便座から立ち上がってすぐに水が流れるトイレならばいいが、少し離れなければセンサーが感知しなかったり、数秒のタイムラグがあったりすると、その場でしばらく立ち尽くす必要があり、急いでいる時にはいい迷惑である。

あとは、高速道路のサービスエリアや新幹線内のトイレでよくあることだが、ボタンではなくセンサーに手をかざすことで水が流れる仕組みの場合、何度かざしてもセンサーが反応しないことがあり、ちょっと焦ったりもすることも。

 

結局のところ、レバーを押し込んだりツマミを回したりする"昔ながらのタイプ"のほうが、「流し忘れ」という致命的なミスを犯すことなく、メンツとプライドを保つことができるのではなかろうか。

なんせ多少のめんどくささはあっても、やはり手動に勝るものはない。車もそうだ、オートマチック車はまるでゲームのように車を操縦することができるが、だからこそ勘違いによる事故が起きる。マニュアル車ならば、クラッチを踏まなければギアの変更ができないため、少なくとも居眠りによる事故は激減するはずで。

 

・・まぁトイレの自動洗浄については、単に「便利だから」というだけでなく、水の無駄遣いを防止する目的もあるだろうから、今後はAIによる監視と判断で、ミスなく洗浄されるようになるのかもしれない。

とりあえず、お人形のように綺麗なお嬢さんでも、やっぱりニンゲンという生きた動物なんだな・・ということを、この目でしかと確認した瞬間であった。

 

Illustrated by 希鳳

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