筋肉があってよかったこと

Pocket

 

わたしは、ウエイトトレーニングのような筋トレは一切行っていないが、なぜか人より筋肉が付きやすい体質である。そのため、「どんなトレーニングをしているんですか?」などと尋ねられることが多いのだが、そのたびに「なにもしていない」と答えなければならないことに、いい加減辟易していた。

おまけに、本職でトレーニングをしているヒトや、プロの格闘家などを前にして、単なる素人の中年が多少ゴツイ体をしているだけでもてはやされるのは、どちらの立場になってもあまりいい気分ではない。

 

そんなわけで、何の役にも立っていない見せかけの筋肉を、誇ることも愛でることもなかったわたしだが、今日、その考えは一蹴されたのである。

 

 

「お姉さん、ブレイキングダウンに出てたりしませんか?」

タンクトップにピタピタのスパッツ姿のわたしに向かって、同じ飛行機に搭乗した自衛官の男性が尋ねてきた。他にも何名かの隊員と固まっていたので、およそ彼らとそんな話でもしていたのだろう。

 

それにしても、ブレイキングダウンの認知度の高さには驚かされる。これまでならば「格闘技とかやっていませんか?」となるであろう質問が、今では「ブレイキングダウンに出ていませんか?」になるのだから、朝倉未来氏の影響力は凄まじい。

(・・いや、待てよ。純粋にゴリマッチョな女性を見たら、やはりブレイキングダウンではなく格闘技やボディビルというワードが出てくるはず。そしてこれらの違いといえば——や、輩っぽさか!)

確かに、半分金髪のような下品な髪色にノーメイク、おまけに目つきの悪いギョロっと大きな目をしていれば、神聖なる格闘技よりもやんちゃなブレイキングダウンにフィットするのは否めない・・なるほど、わたしはそう見られているわけか。

 

とはいえ、単なるオバサンに向かって「お姉さん」と言える当たり、さすがは自衛官である。あの彼はきっと年上からもモテるに違いない。

 

 

一年ぶりにアメリカへ入国したわたしは、保安検査で引っかかった。そしてこれは、実は日本を出る際にも同様の止められ方をしたわけで、「なんか今日は、筋肉に縁がある日だな」などと思っていた。

 

「あなたのお腹に何かが入っている」

木綿のタンクトップ一枚のわたしに向かって、日本でもアメリカでも検査官の女性が同じことを告げた。そして腹回りを前後左右くまなく触るも、当然ながら金属も何も入っていない。

もう一度スキャナーを通されるも、やはり画像には何かあるように写っているが、わたしは何も隠してはいない——そう、筋肉以外は。

 

さらに、手荷物の中身についてもあれこれ問いただされたわたしは、かなりめんどくさくなっていた。トランジットまで時間がないのに、なぜこんなくだらない嫌がらせに付き合わされるのだろうか——。

すると、ふいに割り込んで来た男性検査官が、ニコニコしながらこう言い放ったのだ。

「もういいじゃないか。見ろよ、彼女の筋肉を!それに比べて、見ろよオレのこの腹を!」

どういう理屈かは分からないが、そう言われたスタッフらは「まぁ、たしかに・・」という表情ですごすごとリュックを返してくれたのだ。そして救世主であるその男性検査官は、「何のスポーツをしているんだ」「オレはどうすればそういう体になれるんだ」というような質問を、矢継ぎ早に投げかけてきた。

 

嫌がらせから解放してくれた礼もあるので、わたしは親身になってブラジリアン柔術について語り、所属ジムについての説明もしておいた。・・おっと、先ほどの"ブレイキングダウンの自衛官"に対しても、念入りにジムのアピールをしたので、もしかすると会員が増えるかも・・いや、彼は北海道の駐屯地と言っていたので、さすがに難しいか。

 

 

というわけで、わたしは生まれて初めて筋肉で得をした(?)というか、筋肉のおかげで貴重な経験ができたのである。まぁ、これが日常の一部であればウザかったのかもしれないが、やはり海外という特別なスパイスのおかげで、なんとなくいい気分になれたのだろう。

とはいえ"筋肉の本職"の前では、あまり触れられたくはない話題であることに、変わりはないのだが——。

 

Illustrated by 希鳳

Pocket