ゴリラ鹵獲(ろかく)作戦ークマ再臨ー

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私は「踏み台」にされる。

カッコよく言えば最終テストとでもいおうか。

 

柔術をはじめて3年、白帯の頃からせっせと試合に出続けた。

最初は負けっぱなし。

練習で強い強いと言われても、試合では勝てない。

 

勝負の仕方など人から教わるものではない。

よって、経験からしか得られないであろうその「勘」を手に入れるため、とにかく試合に出まくった。

相手さえいれば毎週でもエントリーして。

 

それでも勝てなかった。

 

 

初めて自分が「踏み台」だと気づいたのは、青帯になってすぐの試合だった。

そもそも白帯を半年しか経験していない私は、帯の色は青でも実力はバリバリの白。

フィジカル頼みで試合に臨んでいた。

 

あのころ私が求めていたのは「勝ち」ではない。

欲しかったのは、知りたかったのは「勝ち方」だった。

 

フィジカルで優っていてもテクニックと経験で劣る私は、当たり前のように負ける。

どうやったら勝つことができるのか、勝ち方が分からなかった。

 

 

表彰台の一番上に対戦相手が立っている。

すると彼女の道場の先生がやってきて、隠し持っていた紫帯を出した。

対戦相手は泣いて喜ぶ。

 

その次の試合でも同じことが起きた。

表彰台の一番高いところに立つ対戦相手は、ジム仲間らに囲まれ紫帯を巻かれる。

私は必死に笑顔をつくり、くさくさした気持ちを抑えて祝福した。

 

青帯になってすぐの頃は、私を倒して優勝した人がことごとく紫帯へ昇格、という残酷なイベントの連続だった。

勝てない、勝ち方のわからない私は試合のたびに腐っていく。

 

なにも面白いことなどない。

ただ優勝するだけならまだしも、紫帯に昇格するための踏み台が私だなんて。

しかも表彰式で紫帯を渡されるため、隣りに立っている私は嫌でも祝福しなければならないし、笑わなければならない。

 

ほんとうにつまらない。

 

あの頃のトラウマからか、私は優勝しても笑わない。

カメラマンに「笑ってください」と言われても、せいぜい苦笑い。

勝っても負けても、どうせ私は踏み台ですよという恐るべき恨み節。

 

 

青帯3か月目くらいの試合(無差別級)でのこと。

その日は三つ巴戦。

 

初戦、バカでかいクマと当たった。

クマの名前はヨーコ(仮名)、柔道で腕を鳴らした重量級のクマ、いや女性。

リアルに野生のクマかと思うほど両手を大きく開いて襲い掛かる姿には、毎度失禁しそうになる。

 

クマに捕獲されたゴリラ(私)は瀕死状態。

必死にもがき逃げようとするも、豊満ボディーがどっしり覆いかぶさっており身動きがとれない。

それどころか、肺の上に乗られているため息ができない。

 

なんとか5分間を生きながらえた。

試合終了後、クマに首根っこを掴まれながら立ちあがる私は、

 

「もう一回やろうね、待ってるから」

 

と耳元で脅され、いや、囁かれた。

だれがクマと再戦したいと思うか!

二度とやりたくない!

 

そう思いながら、2戦目を戦った。

クマと戦った疲労とかではなく、本当に私の実力が不足していたため2戦目も負けた。

 

ボロ雑巾のようにくたびれ、うなだれる私の元へやって来たクマ、

 

「ちょっとアタシが削りすぎちゃったかしらね。もう一度やりたかったわあんたと」

 

見た目によらず優しい言葉をかけられた。

たとえやっつけられるためだけでも、私を指名してもらえることは嬉しい。

それゆえ、その期待に応えられなかったことを恥じたし悔やんだ。

 

無差別級は言うまでもなくヨーコが優勝し、その後、紫帯に昇格した。

おめでとう、と言う私にヨーコは、

 

「アンタも早く紫帯になりなさい。それでまたやろうね」

 

と言ってくれた。

たった5分の試合で、他人とこんなに心の距離が近づいたことはない。

勝負以上に価値のある負けを、ヨーコから教わったことを知る。

 

もう一度ヨーコと試合をしたい。

 

青帯になりたての私は、はるか遠くの紫帯を目指しはじめた。

 

 

あれから2年、私は紫帯になった。

そして再び、クマと対峙する日が来た。

 

体重の軽い私に配慮して減量すればいいものを、そんな気配を微塵もみせないクマに暴言を吐きながらマットで向かい合う。

 

コロナ禍ゆえ挨拶の握手はしなくていい、と事前に通知があった。

だが私たちは、どちらからともなく進み出て強くハグを交わした。

 

「ありがとう」

 

そう聞こえた気がしたが、空耳か。

 

 

じつは私、今回のために策を練ってきた。

前回の負けから2年が経過しており、さすがに多少は成長しているはず。

 

デカい相手と真正面からぶつかってしまうと、小さい私が勝てる見込みはゼロ。

そこでまずは相手に足を使わせて、体力を消耗させ隙をつくる作戦を試みた。

私は下からちょこちょこ煽り、全力で疲れさせた。

 

しかしさすがはクマ。

必死に防御する私を、その上からつぶしにかかる。

体重差で押しつぶされそうになり、全力で横へ逃げる。

 

そんなことの繰り返しで残り時間は1分半。

ポイントでは負けているが、絶対に勝てる自信があった。

 

一瞬でもクマに隙があれば。

そのワンチャンスをものにできれば。

 

狙いつづけた私に、待望のチャンスが巡ってきた。

 

(ここだ!!!)

 

どうなってもいいからクマを捕獲し倒すことだけに集中。

クマの片足を抱き上げ押し倒す。

しかしクマは片足でケンケンしながら耐える。

 

そしてそのまま場外へと押し出してしまった。

 

ーー終わった

 

この千載一遇のチャンスを活かせなかった私は、もはや攻撃のタイミングを失った。

それでも最後までチャンスを狙うが、さすがに鉄壁のディフェンスやボディコントロールを見せるクマの前では手も足も出ない。

 

タイムアップの瞬間、私はクマの尻の下でつぶされていた。

体力も気力もチャレンジ精神も、すべてを使い果たし干からびている。

 

そんな私の袖をつかみ、引っ張り上げるクマ。

 

「あんた強くなったわねー、びっくり!」

 

目を丸くするヨーコを見て、不本意ながらも私は自分の成長を感じた。

負けてこんなに清々しい気持ちになれるのは、相手がヨーコだからだろう。

 

心の底から彼女の勝利を祝った。

私が負けた相手が、ヨーコでよかった。

 

クマVSゴリラの対戦は、2戦2勝で今のところクマの圧勝。

 

 

そんなヨーコが茶帯に昇格した。

またもや私を踏み台にして。

 

そのため、私がヨーコと戦うことができるのはずっと先の話となってしまった。

 

「早くこっちへ来なさいよ」

 

今までもこれからも続くこととなる、挑発するヨーコとその背中を追う私、という構図。

私たちはもう、茶帯の無差別級でしか戦うことはできない。

寂しい気持ちもあるし、お断りしたい気持ちもあるが、いずれにせよ再戦はお預けとなった。

 

私は負けた。

だが、こんな分厚く充実した気持ちでいられることに驚く。

試合には勝ち負け以上の価値があることを、ヨーコが教えてくれたのだ。

 

ありがとう、そして茶帯昇格おめでとう。

 

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