視界の端で静かに落ちた黄土色のしずくは、偶然か必然か。

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こんな小さな穴、狙わなければヒットしない。いや、狙ったところでドンピシャに貫くことなど、相当の手練れでなければ無理だろう。

・・そんなことは分かっている。だがなぜか、こういう時に限って人間は不思議な能力を発揮するのだ。私に限らず、きっと誰もが似たような経験をしていることだろう。

 

その経験とは、よりによって開いてしまったアルミホイルの小さな穴に、よりによってカレーのルーが飛んでしまい、アルミホイルの下に置かれていた書類が汚れる・・という事件だ。

 

 

帰宅途中に立ち寄ったインドカレー店で、三種類のカレーセットとチーズナンを購入したわたしは、家に着くなりナンが包んであるアルミホイルを開いた。

しかし、漂うチーズナンの香りに流行る気持ちを抑えきれず、力任せにアルミホイルを剥ぎとった結果、小さな穴が開いてしまったのだ。

(しまった・・でもまぁいっか)

 

アルミホイルの右端に直径5ミリ程度のわずかな亀裂を作りはしたが、その他の部分はまったくの無傷であり、気にするほどのものではない。

なんせ、A4二枚程度の大きさのアルミホイルの端っこに開いた小さな穴など、そこから何かを通すことのほうが困難極まりないことである。

しかも、容器からすくったカレーを一滴もこぼさず口へ運ぶのが目的なのに、わざわざアルミホイルへ垂らしてやる必要などないわけで、天文学的な数字・・というと大袈裟だが、この穴をカレーで埋めることのほうが高度な技術を要するのは間違いない——。

 

・・などと高を括っていたわたしは、アルミホイルの下に書類が置いてあることが気掛かりではあったが、それでも「大丈夫だろう」と安易な気持ちでカレーに手を伸ばした。その瞬間——。

なぜか、チーズナンの先っちょからエビとイカのカレーがポトリと垂れたのだ。

 

視界の端で静かに落ちた黄土色のしずくの落下地点を追うまでもなく、わたしはカレーがあの小さな穴をピンポイントで貫いたことを確信した。

(なぜだ・・なぜわざわざ、あのわずかな隙間をかいくぐって、カレーは書類を汚したんだ・・・)

祈るような思いでカレーの染みへ目をやると、アルミホイルの穴は消え、その代わりに黄土色の水たまりができていた。そして確認するまでもなく、穴から漏れたカレーは書類へと到達していたのだ。

 

——こういうことって、たまにあるよな。

焼き肉店などで、紙のエプロンをかぶったり紙ナプキンを胸に付けたりすることがあるが、飲み食いするうちにちょっとズレたり、あるいは紙エプロンの裾が短かったりすると、なぜかその隙間を狙って油が飛んだりタレが垂れたりする。

しかも自分自身で、ちょっとしたズレや裾の短さに気がついている時に限って、ピンポイントでそこへ飛び散るから不思議である。

 

深層心理で自発的にそうさせているかのように、カレーも肉のタレもなぜか隙間を狙って飛んでくる。——それはいったいなぜだ?

とくに今回のカレーに関して、食事の際は左利きのわたしが、左サイドにカレーを垂らすならば想定範囲内だが、その逆の右サイドに飛ばしたのは意味が分からない。

ましてや、直径5ミリの穴に狙いを定めたかのようにピタリとホールインワンさせたのだから、それが深層心理の必然だとは到底思えないのである。

 

ではなぜ——。

 

書類に付着した、決して落とすことのできないカレーの染みを見つめながら、わたしは自問自答を繰り返した。

もちろん、悪いのは紛れもなくわたし自身だ。そもそも大切な書類の上にアルミホイルを敷くなど言語道断。ましてや、小さな穴が開いたことを自覚していたにもかかわらず、そのままカレーを食べ続けたのだから罪は重い。

とはいえ、あえてこの小さな穴めがけて飛び散ることもないだろう。っていうか、そこまでしてわたしを困らせたいのか——。

 

悶々としながらも、わたしはカレーを食べ続けた。

たった一つの小さな穴はもうすでにカレーで塞がっている。ならば、これ以上書類を汚す心配はない。つまり今さら焦っても仕方がない・・と開き直ったからである。

 

 

この不思議な謎・・いや、「あるあるの答え」を探すかのように、黙々とカレーを食べながら夜は更けていった。

 

Illustrated by 希鳳

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