都内に住んでいると東京名物に疎くなる・・というのは、都民アルアルだろう。わが家の近所にシャレた飲食店ができたとしても、興味がなければ調査すらしないわけで。
それに比べて、地方に住む人間のほうがそういった情報に敏感だ。そのため「最近できた〇〇の××行ってみて!」と、頼んでもいないのに最先端の情報を知らされることで、興味はなくとも知識としては蓄積されるのだが。
とはいえ、東京名物といえばやはり"東京タワー"だろう。
*
地方から上京してきた後輩とお茶をしていたところ、せっかくだからどこか観光がしたい・・という話になった。
時刻はすでに夕方であるため、今から浅草や吉祥寺へは行けない。
(おぉ、至近距離に東京名物があるではないか!)
ここから2キロ弱の位置に、東京名物・東京タワーが存在することを思い出したわたしは、「徒歩30分を受け入れられるならば、いい観光地がある」と打診してみた。
「30分くらい全然平気です!」
というわけで、キラキラと目を輝かせる後輩を連れて、わたしは東京タワーへと向かったのである。
城や城址、タワー、神社仏閣といった名所が近所にあっても、あえてそこを訪れようとは思わないのが地元民というもの。
そもそも、観光地はいつでも混雑しているし、近所に住んでいるのだからいつでも行ける・・という思いから、あえて「行ってみよう」という気にはなれないのだ。
それでも毎日、帰宅途中に東京タワーを拝んでいるわたしにとっては、"東京のランドマーク"に対して珍しさよりも愛着がある・・という、なんとも贅沢な環境に身を置いているわけだ。
こうして我々は、東京タワーに向かって歩き始めた。
「この方向にあるんだよ」
わたしはANAインターコンチネンタルホテルを指さした。もちろん、目の前にそびえ立つ高層ビルに阻まれて、東京タワーなど見えるはずもない。
他愛もない会話を続けながら、桜並木が美しいスペイン坂に差し掛かった。大勢の観光客に混じって、大喜びで満開の桜を撮影する後輩に向かって、
「東京タワーはこの方向にあるよ」
と、アークヒルズ仙石山森タワーの方向を指さした。もちろん、周囲には高級ビル群が立ち並んでおり、その先にある東京タワーなど微塵も確認できない。
それからしばらく進むと、麻布台ヒルズが見えてきた。さっきからどこもかしこも超高級住宅街だったが、ここへ来てさらに洗練された高級感が際立っている。
なんせ、麻布台ヒルズの中にはジャヌ東京が入っているのだから。
ジャヌ東京とは、世界各地にプライベートリゾートやホテルを展開する、アマングループの姉妹ブランドという位置づけ。
「アマン」が人里離れた自然の中でのリラクゼーションを目的とするのに対して、「ジャヌ」は人とのつながりや遊び心の刺激といった、ソーシャルウェルネスに焦点を当てたラグジュアリーホテルなのだそう。
いずれにせよ一泊20万円は下らないわけで、室内清掃のバイトでもしない限り、一生足を踏み入れることのない空間であることは間違いない。
そんな贅沢ゾーンを脇目に、われわれは桜田通りへと向かって坂を下りた。途中にはディオール、カルティエ、ブルガリ、ボッテガなど高級用品店が軒を並べている。
そしていよいよ坂を下り切ったところで、わたしは再び、
「この先に東京タワーがあるよ」
と、後輩に告げた。しかし、目の前にはオランダヒルズ森タワーが君臨し、背後の景色を堂々と隠していた。
(もしかしてわたしは、嘘つきか人さらいだと思われていないか?)
あと数百メートルで東京タワー・・という場所まで来ているにもかかわらず、スタート地点からここへくるまでの20分間、一度たりともあの「赤白の鉄骨」を見ていないのだ。
純粋な後輩はわたしを信じ切っているが、もしもわたしが悪者だったら、彼女はどこかへ連れ去られる可能性があるわけで、さすがにここまで東京タワーが見えない現状に、不安はないのだろうか——。
下心など皆無のわたしだが、それでも一瞬たりとも東京タワーが視認できない現状に、若干の苛立ちを覚えていた。
信じてくれ、わたしは嘘などついていない。東京タワーは本当にあるんだから——。
「あーーーっ!!東京タワーだ!!!」
後輩が歓声を上げた。東京タワーへの最後の交差点となる、東京タワー通りを曲がった瞬間、ようやく眼前に東京タワーが現れたのだ。
——そう、これこそが東京である。高層ビルに阻まれて、東京タワーすらも隠れてしまうほどのコンクリートジャングルが、大都会・トウキョウの本質なのだ。
*
そんなこんなで、とりあえずわたしが嘘をついていないことが証明できて、ホッとしたのであった。
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