アリーヴェデルチ  URABE/著

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今日ほど現実逃避を考えた日はない——。

まさかとは思うが、地方出張で目的地へ到着する時間に目が覚めるとは、思ってもみなかったからだ。

オレはたしかに、朝の6時に目覚ましをセットした。しかも、携帯電話とアレクサと二つもセットしていたのだ。今日の商談は重要であるがゆえに、上司からも散々釘を刺されており、当然ながら失敗は許されないことくらい理解はしていた。だからこそ目覚ましはスヌーズ機能も含めて、万全を期していたはずなのに——。

さらに、オレはさっき目覚ましを止めた記憶がある。アレクサのアラームからは"ジョジョの奇妙な冒険"の処刑用BGMが流れていたので、心地よい目覚めの演出としてはバッチリだった。

(あぁ、オレの好きなスターダストクルセイダースの「高潔なる教皇」が流れてる・・・)

そんなことを夢うつつで思いながら、鼻歌まじりで"起床のための心の準備"に取り掛かったのだ。

 

それからしばらくして、周囲があまりに静かであることに気がついた。寝坊をするときは必ず、いつだって静寂とともに目が覚めるから不思議だ。さらに、目を開いた瞬間に時計など見ずとも「これはやらかした」と確信するから、ニンゲンというのは恐ろしい予知能力を持った生き物である。

ブラインドから漏れる日差しが、朝の6時ではないことを物語っているわけで、枕元に置いていた眼鏡をかけると恐る恐るケータイを手に取った。

(・・・・・・く、9時!!!)

それは現地の最寄り駅に到着する時間だった。ミーティングは9時半からのため、いずれにせよギリギリのスケジュールだったのだが、それでもオレなりに時間に余裕を持たせた計画で、交通機関の乱れがない限りは確実に上手くいく自信があった。

それなのに、まさかのスタートダッシュでコケるとは——。

 

ベッドに横たわるオレが、あと30分で地方都市までワープするには、現代の移動手段というか科学技術では無理がある。さらに、今回に限っては言い訳もクソもない。どうあがいても間に合わないし、上司らは前泊しているため、その場にいないのはオレだけであることが確定している。

そして、やることといえば「謝罪」の一択だが、そこに意味がないことも十分承知している。その場にいることこそがオレの唯一のミッションだったのに、最低限であり最大の役割が果たせなかったことを、謝罪という空虚で強引な免罪符で帳消しにするなど、できるはずもないからだ。

激高されることも見捨てられることも、当然ながら真摯に受け入れるが、オレがその場にいないことへの責任を負うには、どうすればいいのだろうか——。

 

どれほど考えても答えは出ない。ただ思うことといえば「なぜオレは4次元の世界にいないんだ」ということくらいで。

そうだ・・思い返せば数時間前、徹夜で向かおうか仮眠をとろうか迷ったオレは、たとえ一時間でも仮眠をとることを選んだのだ。しかも運悪く、久しぶりに参加したフットサルの練習で膝を捻り、歩くことがままならなくなってしまった。そのため、痛みを和らげるべくボルタレンを服用したのだ。

(・・これはボルタレンのせいなんじゃ)

だが、布団に潜り込んだ時点でさほど眠くなかったオレは、睡眠導入剤の代わりにネットフリックスをつけた。熟睡しないためにも、適当なアニメを流しながら体を休めることで、朝の6時までやり過ごそうと思ったのだ。——これがマズかったのか。

 

——いや、そんなことはない。朝6時の時点で目が覚めており、ジョジョの奇妙な冒険のBGMも認識していたわけだ。そしてこの手でケータイのアラームを止め、「さて、始動するか」という気持ちになるための、心の準備を始めたのも事実。

それなのに気付けば時は過ぎ、あれから3時間が経過していた。・・ん、待てよ。もしかするとオレは、この現実を予め受け入れていたのかもしれない。なぜなら処刑用BGMに身を委ねていたわけで、それすなわち処刑されていたことになるじゃあないか!(ジョジョ風)

 

(ダメだ、ふざけている場合じゃあない・・・ウッ)

覚悟を決めたオレは、上司のLINEを開くと通話ボタンをタップしたのである。

——アリーヴェデルチ!

 

サムネイル by 希鳳

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