歯ブラシの「ざまぁ」 URABE/著

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最近よく来るこのオトコ、とにかく気に食わねぇ。商社マンだかなんだか知らねぇが、カネに物言わせて偉そうな態度とったり、ノーブランドを見下したりする精神が許せねぇぜ。そんなクソみてぇねオトコに引っ掛かったオレらのご主人様もご主人様だけど、オンナってのはそういう生き物らしいから仕方ねぇ。

とにかくオレらは、アイツが家に来た時は苦々しい思いに耐えながら、さっさと出ていけ!と祈ってるわけだ。え?オレは一体なんなのかって?オレは歯ブラシだ。この家の主であるユウコが使っている歯ブラシだ。そしてオレと同じようにあのオトコを憎んでいるのが、隣りで居眠りしている歯磨き粉のアニキさ。だけどアニキは、ちょっと前に愉快な出来事を目の当たりにしているせいで、やたらと機嫌がいいんだよな。

 

前回、あのオトコがこの家にやって来た時のことだ。翌朝、顔を洗いにオレたちの前に立ったアイツは、バシャバシャと水で顔を濡らしてから右手を伸ばして洗顔料を掴んだ。そしてキタネェ寝ぼけ面をクリームで塗りたくると、冷たい水で一気に洗い流した。その間ずっと、オレは全力でアイツに呪いを送り続けてやったんだが、それが通じたのか、アイツはメシも食わずに急いで会社へと出かけていったんだ。

「ふぅ、アイツさっさと出てってくれてよかったっすね、アニキ」

オレは歯磨き粉のアニキに話しかけた。するとアニキは、堪えていた笑いを一気に炸裂させながらこう言った。

「ブハハハハ!見たか?アイツ、たっぷりと俺を塗りたくって顔洗ってたんだぜ?そのくせ、スッキリした顔で鏡の自分に見とれてただろ?マジウケるわ!」

なんと!オレはまったく気が付かなかったが、アニキはそんなことになっていたのか!どおりで洗顔料のネェさんがまだ寝てやがるわけだ・・・。

たしかに、他人の家であまりよく見ずに手を伸ばすと、洗顔料だか歯磨き粉だか分からずにチューブを取り違える可能性はある。しかもそれを、アイツがやってのけたというのが爽快だぜ。ざまぁ見やがれ!

 

ところが今日、なんと、オレにとっての「ざまぁ」が目の前で行われているじゃねぇか。歯磨き粉のアニキなんか見てみろよ、涙流して大喜びしてるぜ。・・あぁ、知らぬが仏ってこのことか。いけ好かない野郎だが、こうなるとちょっとだけ可哀そうな気もするが、いや、コイツは電動歯ブラシ至上主義者で、オレら手磨き歯ブラシのことをバカにしたからな、これでいいんだ!

さて、いま正になにが行われているかというと、コイツはオレの目の前で歯磨きをしている。しかも、コンビニで買ってきた歯ブラシで手磨きをしている。キレイに丁寧に、入念に歯磨きをしている。いいぞいいぞ、もっと磨け。もっともっとキレイに歯磨きを続けろ——。

 

そろそろ種明かしをしよう。コイツが使っている歯ブラシは、歯ブラシではない。正確には「商品名は歯ブラシだが、歯ブラシとして使用されていない歯ブラシ」だ。意味が分からない?・・フン、じゃあ教えてやるよ。コイツが握りしめているその歯ブラシは、ご主人様が風呂場のタイルや洗面台の汚れ落としに使ってる、ブラシなんだ。

オレがここへ来たのは、あいつがお払い箱になったから。つまり、オレの前任者である歯ブラシを、このオトコはそれとは知らずに使ってやがるんだ!

目が悪いってのは、こういう時に可哀そうだよな。それでも念入りに磨いてるその歯ブラシが、まさか普段はその辺の汚れを磨いているブラシだなんて、誰が想像するもんか。ヘッ、いい気味だぜ。ざまぁ!

 

しかし人間は、ウイルスがどうのとか菌がどうのとか、目に見えないものに怯えて必要以上にキレイにしたがるくせに、所詮、見えないもののことは分からないもんだな。コイツが使ってる歯ブラシに、どれほどの雑菌やウイルスがこびりついているのか知らねぇが、少なくとも清潔な状態じゃないだろう。それなのに体調を崩すことなく元気に生きてるじゃねぇか。

——人間ってのは、タフな勘違い野郎なんだな。

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

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